『人の一生を考えよう。さいきじんクリニックにおける在宅のお見送りについて思うこと』

斎木院長の独り言

さて前回は『齋木 3世代をまたぐ。令和の時代を生きていく…』についてお届けし、お送りしました。今回は『人の一生を考えよう。さいきじんクリニックにおける在宅のお見送りについて思うこと』についてお話したいと思っています。

皆さん、もう7月です。令和になり2ヶ月になりました。今月は少しだけ京都へ帰省します。多分、祇園祭が流行っている頃になるかもです。先日当院の透析患者さんの久しぶりの在宅での看取りを行いました。

看取りとなると患者さんのまず意思が最も重要になります。我々が行うことは患者さんの生活の質を保つことです。
けして患者さんの数値をコントロールすることではありません。患者さんの意図が中心にあって、それを我々がご家族とともにサポートするのです。

その患者さん(仮にHTさんとよびます)は手術の希望もなく、他院への入院もしたくないとおっしゃいました。私たちに看取って欲しいと… 家族は少し離れた広島の方であったり、長男さんは名古屋であったりでなかなか近いとこにはいませんでした。家族は死を看取ることに当然慣れていませんので、また死を受け入れることに同様もありますので、必ず不安がつきまといます。多くは施設に入れたいと最初思われるのも無理はありません。よく理解できることです。ですが、私たちがサポートで自宅へ足を運びます。ということ。それと人間に限らず動物などいきものには必ず死を迎える。その時に病院でなく家族に看取られたいと患者さんが望まれていること。また自分ならどおして欲しいか? とお話すると大抵は「そうですよね」と覚悟を決められます。

一部、家族関係が希薄な場合は難しいこともありますが、私の原則は患者さんの味方であることです。家族の味方が主でないことを伝えますし、患者さんの意図と家族の意図が違う場合は戦います。他院に普通に入院した患者さんで、そこで悪くなって帰れなくなった患者さんもいます。だけど嬉しいことですが、みなさんがあるいは家族の代弁で「この人はさいきじんクリニックでなくなるといつも言っていた」とか「早くさいきじんクリニックへ帰りたいとばかり言っていたのに」とか言ってくださいます。

このHTさん。結局腸が破れて炎症を起こして亡くなられますが、院長のためにといって「イカの明太子和え」を最後にベット横で作ってくださいました。私はありがたいことだと思いました。

人に愛されること。そして信頼を受けること…
最後は、なくなる前に出る心臓不整脈を起こしながら 左の娘さんをしっかりと見て、右に向き直り息子さんを見て、
息を引き取られました。その時はまさに象徴的なシーンで、家族は「お母さん、大丈夫。ここにいるよ」でした。見つめ合う家族の愛。喋れなくても伝わる事がある。 私たちのスタッフへの言葉もあります。

「後悔しちゃいけないわよ。しっかり恋愛しなさい。愛しなさい。私は後悔してるから、言うの」

日本人のしばられた世界での窮屈さを象徴したような言葉でした。

時代は今も流れています。また次の時代へと繋がれていくのでしょう。いろんな慣習があります。恐れをなさずに、挑戦をして生きていく。周りにこう思われるから… などなく生きていけたなら….. 幸せが目の前のようような気がしたそんなことを教わった一日を今日は回想しました。

HTさん、安らかに…  そして素晴らしい御家族に多くのご多幸がございますように…

令和元年7月3日
さいきじんクリニック. 齋木豊徳

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