『齋木 3世代をまたぐ。令和の時代を生きていく…』

斎木院長の独り言

さて前回は『インサイド・アウトで行こう』についてお届けし、お送りしました。
今回は『齋木 3世代をまたぐ。令和の時代を生きていく…』についてお話したいと思っています。

皆さん、もう5月ゴールデンウイークを過ぎて 平成が終わり、令和の時代になりました。「平成」を元小渕恵三総理(当時は竹下内閣の官房長官でした)が発表した時もやや違和感がありました。その竹下総理も小渕総理も亡くなられ、今新たな時代がやって参りました。

令和の出典は「万葉集」の大伴旅人が{梅花の宴}でその場の人々の心情を歌ったものであると言われています。

時、初春の令月にして、氣淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す。

令月とは何事を始めるにも良い月。めでたい月を表し、陰暦2月の異称でもあると言われています。

令和元年になるとき、少し思うことがありました。まるで新年を迎えるかのごとく、多くの人がはしゃいでいました。悪いとは思いませんが、ノリだけで迎えるものではないと私は日本人らしく厳かに静かに迎えたいと思っていました。これも時代の移り変わりなんでしょうね。何かことがあれば大騒ぎするのでなく、私は正月に心新たに決意するように思っております。したがって、令和にも似たような感覚があるとは思います。

時代を迎えたことを喜ぶ気持ちは大切です。しかしそれと同時に決意も新たにせねばなりません。次の時代へ紡いでいくものとして、時代が来たことを喜んで、その責任を感じて次に繋げるよう心新たにしたいものです。令和がみなさんにとって素晴らしい時代であることを願って病みません。

最後に少し思い出あれこれを…

昔、高島屋がスポンサーで「皇室アルバム」と言う番組をやっていました。今の天皇はひろの宮様でしたが、秋篠宮殿下を「アーヤ」、紀宮さま「サーヤ」と呼ばれていたのをご存知でしょうか? それはそれはとても仲睦まじい皇室の中のお話でした。羨ましい気もしましたが、反面窮屈なんだろうな…とも思って今の境遇に感謝しておりました。私も小学生の頃ですからあれから約50年近く経ったのでしょう。浩宮(ひろのみや)さまは徳仁(なるひと)様となり、日本の第126代天皇になられました私より3つお年が上のようです。

もう古いよ とか 昔はこうだった とか 時代に縛られることはありませんが、日本人として受け継いできたもの。。それを次の世代に伝えていくのは我々の務めであると思うのです。

令和元年6月3日
さいきじんクリニック. 齋木豊徳

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