院長の独り言【2007年 平成19年】

<院長の独り言 パート57>
『またまたクリスマスの時期がやってきた—お別れの季節—』

人はどうして人を傷つけてしまうのだろう。人はどうして自分のしたい方向性をうまく表現できないのだろう...

もう数週間でクリスマスの時期が来ます。好きだ、嫌いだと簡単に片付かない話です。人間も住みにくい時代になりましたね。デモ大丈夫...

また楽しい季節になりました。別れもあるけど出会いもある。クリスマスはそんな難しいことではなくて冬なのに暖かい気持ちを人の心に運んできます。今年はコンセプト「一期一会 一日だけの「さいきじんランド」 サンタがうごめく、踊りだす」で行います。そして例年の芸能人は皆さんにだけ早めに公開しましょう。{千鳥さんがお越しになる予定です}

今年はまた新企画を盛りだくさんに行う予定ですので、是非皆さんお越し下さいな。今年度が終わるこの瞬間にいつも今年度を振り返って多くの人と別れた淋しさとその多くの人の幸せを願わずにいられません。

幸せとはきっと恐れのないこと...恐れがある以上幸せではありません。「お金がない」「へそくりがばれるかもしれない」「彼女(彼)にふられるかもしれない」など幸せに程遠いのです。

私も患者さん、ご家族、スタッフ、そのご家族の全ての方がそのような気持ちになれるよう頑張っていきたいと思っています。

皆さんにとって今年のクリスマスもハッピーエンドがありますように、瀬戸町のイルミネーションに思いを乗せて少し早めの「メリークリスマス」

平成19年12月2日

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<院長の独り言 パート56>
『男の気量—戦国時代に学ぶこと—』

先日、また話をしていました。自分にとって長い付き合いの大切な人たちと…

最近読んだ本の影響もあって今回はこのような話になります。40代半ばがきて「今まではできないことは何もない」くらいの強気だった自分の身体を心配することが出てきました。気力で持っていたのでしょうか?自分を信じる力は今でも充分ありすぎるほどかもしれませんが。今の日本経済の低迷、資源不足、環境問題 すべて悪化方向であります。

こんな時代に何が必要か???

先日の独り言でも触れた話題です。もう少し詳しく掘り下げて見たいと思っています。先日は織田信長の話だったかなあって思いながら…

いつもこの安土桃山時代、戦国時代の終焉はドラマになり多くのことを教えてくれる歴史です。「今の上に立つ者に必要な能力」は? と聞かれたら壊す、創る、守るの3つの能力をバランスよく持ち合わせていることであると教えられました。その時代時代に生きている人にとってのニーズがあり、そのニーズに敏感に情報を多く取り、把握をし何を優先させて行うか整理をして実行する 事が重要であるそういう人がその時代を制するということである。

ここにキーワードがいくつかある。
1.ニーズを読み取る力
2.情報として取り込み把握をして
3.プライオリティー(整理し優先を決める)
4.実行する

つまりニーズを広く知りよく吟味し優先順序を決め実行するということである。私は組織にいてよくここでつまずくのだと思う。多くの管理者たちがいるわけだがニーズを目標の大きさから違えてしまうこと、優先度の違いが生じること実行能力の違いから違いが生じるのだと思う。そういった背景から戦国時代はつまりは信長が壊して、秀吉が創り、家康が守った時代だった。

徳川15代の時代の礎は実は3人の非凡人な武将によって作られたものであると思わざるを得ないと思い返す日々であるのです。

皆さんはどう思われますか?

平成19年11月2日

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<院長の独り言 パート55>
『哀しいくらい君が好きだから—まじめはいいのか?—』

さて今回はセンチメンタルに「哀しいくらい君が好きだから」についてです。この独り言で取り上げてみるのにいいかなあ、と考えてます。

まず「哀しいくらい君が好きだから」ってどういう意味かというと私の尊敬するオフコースの小田和正さんの歌に「哀しいくらい」という歌があってその中の歌詞にこのようなくだりがあるわけです。

最近うちのスタッフをみていますと、抱きしめたくなるほど一生懸命でまじめです。まじめなのは一般に喜ばしいことなのかもしれません。しかしまじめすぎて自分を追い込んでいるパターンも多く見られます。私はまじめ過ぎないように生きてほしいと思っています。

古来から日本人文化として「まじめであること」は美学とされてきました。また集団から離れる人を異端児と表現してきましたが、今のような景気が悪くみんなと同じようにありたいという風土の日本では強い意志を持った異端児が変身します。

オンリーワンを持った改革者。戦国時代を思い出してみましょう。

織田信長といううつけものがいました。明らかな異端児ですが時代に必要な人物でした。一方、比叡山の焼き討ち、本願寺攻めなど通常の人が行わないことをしてきました。しかし天下布武という大きな目的のため突っ走りました。そして天下統一の寸前に倒れました。もと首相の小泉純一郎さんが「信長の棺」という本を愛読し、こよなく信長を愛しているのは有名なことです。

このように時代によって必要な人物がいるわけです。

まじめに生きることを否定する気はありません。しかし今の世の中には殻を破る必要性が高いときでまじめに生きることが苦痛な世の中にもなっています。いわゆるまじめ者が馬鹿を見るわけです。そんなこんなを思い巡らせて、正解を求めて正解でなければ自分を責めている人がいっぱいいます。そんな一生懸命に生きているのになぜ? って感じですが。。。みんなで一生懸命まじめな人が住みやすい世の中を作って生きたいものです。

きっと私は経営者であり、この世界をいっぱい見させていただきました。だからこそスタッフに期待しすぎている部分もあります。人が何とかしてくれる時代ではありません。だからうちのまじめな一生懸命なスタッフを見て せめて「哀しいくらい君が好きだから」という言葉を贈ることにしたいのです。

平成19年10月4日

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<院長の独り言 パート54>
『あせらず、諦めず、引かず—先日の会で得られた多理論統合モデル—』

さて今回は少し学会で学んだお話をします。この独り言でこのような話題は久しぶりかもです。先日のその講演会は一種変わっていて生活習慣病の方の「食事」「運動」など患者さんを指導する側(つまり我々医療従事者)も一定ではいけないということでありました。私はこの会でとても感銘を受けたことと,共感,反省があったので取り上げることにしました。

患者さんは病気と向き合う中で流れがあるようです。この講師の先生は運動を主体にお話しをされましたが、全ての病気に対してこのようなことはあると思っています。その流れは 1.前熟考期 2.熟考期 3.準備期 4.行動期 5.維持期 とあるようです。

それぞれの段階において医療従事者は態度と対策を変えないといけないそうです。まさに人間学です。段階の違う患者さんたちにとっては不公平に見えやしないか? と不安はあるものの、やはり人間はコンピューターと違って感情があるだけにタイミングというものがあります皆さんも経験あるでしょう。タイミングが悪く失敗したことなど。

1.前熟考期は問題の認識がない 否認や逃避燃え尽きの時期といわれていてこの時期に運動は大切だから…やりましょう…といってみても逆効果である

この時期は感情や考えを聞く、つまり基本の信頼関係を築く時期と言われていますしたがって、生の患者さんの声(たとえば糖尿病で目が見えなくなった方など)を実際話を聞くことです。「あのとき先生の言うとおりにしとけば目が見えんで済んだかもしれない」など聞けば感情的体験ができる。

また一般的な情報の提供(EBMに基づいた話など)を多く行うことのようです。そして?準備期になると 患者さんに「目標を提示する」事が重要なことになります。

1.前熟考期では目標提示はいくらしても病気の認識がありませんから効果はありません。実際に準備期の糖尿病の患者さんにこのような話があります。患者さんはアメリカ人でスニッカーズという1本280kcalのお菓子を7本毎日食べていました。そこで医師の偉かったのはこの準備期のアメリカ人にどうしましょうか? とたずねたら患者さんは「全部辞めます」と答えたそうです。それをまた医師が否定しました。「ダメです。不合理です」と...そしてじゃあ6本にします。と答えたそうです.実際に6本毎週食べることを意識すると大変難しいのでこの患者さんは1週間ごとに1本ずつ減らすことができました。これ以降の行動期からはそんなに気にしなくてもうまくいくそうです。

さてここまで聞いて私の中に考えが思い浮かびました。人生、全て「あせらず,引かず,諦めず」その言葉は若い医師時代に仲良くしていただいた福島先生と話をしたことがあります。彼はこんな表現をしていました。「あせらず、しかし急いで」医療の現場ではとかくあせりたいことがいっぱいあります。しかしあせらずです。あせって失敗は大きくなることが多いからです。しかし患者さんやスタッフの目に見えないところではスピードの世界です。早ければ早いにこしたことはない。わざわざ,急ぐ必要もないのに上司の前でできる人間を装うためにあせって裏でのんびりサボる人も多いご時世です。実は逆なのです。患者さんを見るときも、地味な仕事をするときも見えるところではあせらず見えないところであせりましょう。きっといい結果が出ます。

皆さんはどう思われますか?

平成19年9月3日

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<院長の独り言 パート53>
『男と女 君は女性か?男性か? わかっているか?』

今の世の中、時々思う事があります。君は女性だが男性的ではないか? 原因は何でしょうか?

今の男性は女性の気をひきつけるために「優しさ」を装うことが多いようです。以前の優しさは難しい人だけど、こんな点がとても優しいとか…いいところを探そうと女性は努めてきた様に思います。

女性の気を引くためだけの優しさは長続きするでしょうか? 答えは×です。

そんな気を引くためだけの優しさなんかいらないと私は思っています。きっとここらが私は難しい人間と現代の女性に思われるところなんでしょうね。

一方優しさにつられた女性は、どうなるのでしょう。何でも女性中心になっていくので(うまい言葉が見つからないので)お姫様に早代わり…女性主導のデートや生活になります。男性が弱体化し、女性的になると思います。

大学教授でも、家では奥さんに頭が上がらない…それを職場で愚痴る先生を何人かみました。あらら…愚痴るんならどうかなあ?って思います。

私は今まで、環境問題についても自然と向き合うのが大切だと言ってきました。自然に戻ることは極めて地球環境にとってもいいことですから…伐採や温暖化など地球は重症な状態です。また男性と女性の関係もそれに似ています。

太古の時代から、男性はたくましくその上狩りをして戦い、食を稼いで来ました。その食を女性は調理し、家族に食べさせ、母性と家庭愛で守るのが基本でした。もちろん全てがそれでいいと思いませんが、大筋は太古から男性女性のあり方は遺伝的に伝わってきているものであります。

男女平等…といっても女性は戦うことが大好きな人は極めて稀だと思います。男性はお乳を上げることはできないし、子供を育てるのに適していないと思います。遺伝的な背景は人間のみが社会の発展によって変えてきた仕組みであります。今でも自然社会とくに動物の世界では多くはオスは外で戦い、餌をとり、メスは中で育てて守る。

我々の仕事の中でも看護師というのは、それはそれは難しい仕事です。女性だからこそできることもあるからニーズは高い。しかし女性になった段階で仕事は生活の糧のため…になるのも無理はないでしょう。

看護師が好きなら男になりやすくなるのもわかる気がします。しかしきっと意識はしていないでしょうが、男性なのか女性なのかで「ふらふら」してしまうのも事実でしょう。この間ある人に看護師として何を求めるのか?と尋ねられました。私は患者様にも父親と母親が必要で、慈愛の精神を持った母親を求めると言いました。仕事に就くということは好き嫌いを言っているのでは仕事ではありません。嫌な人がいても仕事は仕事。あの人がいるからできない…なら仕事に向いていない気がします.

男性よ。皆の思う優しさは本当か? 気を引くためのだけものではないか? それは優しさとは言わない。本当の優しさはピンチのときに発揮するものです。たびたび出るものではありません。また女性の方々。本当にしたいことは何ですか? 幸せな家庭ですか? それにはお金が必要ですか? 自分のしたいことをして家庭崩壊になるなら男性と同じ流れではないでしょうか?

男性は戦う、得る、子供を授ける(遺伝子を保存する)、女性は守る、育てる、支えるが基本と思います。賛否両論でしょうが、今の現代男性の女性化、女性の男性化がものすごく気になったので今回のテーマにしました。

平成19年8月2日

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<院長の独り言 パート52>
『組織は難しいね—利用するもの、されるもの—』

さて今回は「組織は難しい」についてです。経営を始めてやや6年が過ぎました。まだまだひよっこ。

最近とても多くの人がいるので目に付いて仕方ない事を話したいと思っています。まずは話し合いの場で「好き、嫌い」をあからさまに表現する行為。非常に残念に思う行為です。「私はそんなのが嫌いです。好きです。」これははっきり言って知ったことではありません。その方の好き、嫌いなど組織の中の話し合いではなんら関係ありません。要は組織のためにみんなのためにいい事であったらそれが一番いいことなのです。

人間50人もいれば全ての人が好きなことはありません。非常に難しいですが、一定の規律を持って決定していく方法がベストでしょう。好き嫌いはちょっと格好悪い感じがしますね。

次に、頼まれていないことを使用とする人 自分の得意分野だから、自分を生かすために行う行為です。おそらく人のためになっていると自己を好きでいるために…また社会に役立つために…しかしかえって迷惑行為になる場合も多々あります。このケースも多いように思います。

多くの人が存在する場所は本当に混沌としていて、対極の秩序と背中合わせです。組織は皆さんの思い一つできっといい職場にもなるでしょうし、しかしながら「私が…何とかしなければ…」という思いはかえって迷惑な場合もあるのです。

私はごく自然態で構えるようにしています。辞めたい人は辞める。一生懸命やる人は残って頑張る…それでいいのだと思います。

自分ひとりのために組織は存在していません。私でさえそうです。組織で守るものがあるとしたら、それは時間の厳守が最も大切です。また自分を売り込んだり、自分の得意分野のみを探して遂行している人は悲しい思いになります。そこに苦労があるからこそ、見えない世界があるからこそ…チャレンジです。最近うちのスタッフでチャレンジを行っている人を数名見ます。むしろそういう人は新しい人ばかりでいわゆる昔からのスタッフには少なく、また年配になるとそういう意欲が低下しています。

組織は難しい… この答えは多くの人でできた組織だから… そして個人の思いを尊重するからではないか? 時間という秩序をまもり、できる限り自分の能力(爪)を隠していれば重宝されると思っているのです。

平成19年7月2日

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<院長の独り言 パート51>
『夏が近づく八十八夜 思い出す恩恵を受けた素晴しき人たち“IF”。
公の場で意見を発言する大切さについて』

先月は5月について書いた。夏が近づく八十八夜。この八十八夜は日本独自の雑節のようだ。

雑節というのはいわゆる季節の移り変わりを示すものの総称である。
雑説は他に節分・入梅・半夏生・二百十日・土用・彼岸などがある。
<ちなみに節分は立春の前日2月3日を表し、彼岸は春分(3月20〜21日)と秋分(9月23日)を中日としてその前後3日間をたした7日間である。また入梅とは黄経80度の点を太陽が通過する日6月11日で梅雨入りをあらわす日。また土用とは五行思想に基づく季節の分類で各季節の終わりの18日間。

春に木気、夏に火気、秋に金気、冬に水気を割り当てて残った土気を季節の変わり目に割り当てた。>さてこの八十八夜は立春から数えて88日です。つまり5月2日くらいのこと。5月5日は立夏なんです。皆さん知っていましたか?私は知らずにこの文章を書いていました。だから日本の歴史上の夏は五月なのだ と改めて感じました。八十八夜は日本独自の雑節のようだ。歌にもあるけれど茶摘みのことがある。

八十八夜に積んだお茶の葉は上等なもので飲むと長生きすると言われている。そして春から夏に移る節目の大切な日で縁起のいい日とされています。さて先日、浜松へ日本腎臓学会に行ってまいりました。もはや腎臓病は全身病として扱われています。今最もホットな話題で「慢性腎臓病」という概念がありました。メタボリックシンドロームと慢性腎臓病、心疾患と慢性腎臓病など。多くのメディアその他の会合で発表し私はもはや言ってきたことですが、腎臓病があるかないか(蛋白尿レベルでも)はとても大切なことなんです。これからしばらくは医学的には腎臓病は注目されることでしょう。

さて浜松は良くご存知と思いますが、徳川家康が居城とした城です。曳間野(ひくまの)城と以前言われていた場所ですが浜松と命名したのは徳川家康で徳川幕府200年以上の礎えとなったといわれています。そうです、この土地はご存知と思いますが、うなぎもおいしくそしてお茶もおいしい場所です。また脱線してしまいました。茶摘みからここまで脱線するとはさすがに妄想癖があるのかなあ?

さて、多少文学的な話をしましたが、「夏が来れば思い出す。はるかな尾瀬」ではなくて私はとある会社の人達を思い出します。 今もきっとこのホームページを見てくださっていると思っています。時期が過ぎていつかその人たちのことを書きたいと思っていました。会社の名前はIFとしておきます。

私は今でもその会社の方のことを尊敬しています。社長Oさんがまた素晴しい人で、現代にはなかなかいない器用な物知りの人物。さらにハートの暑い方です。そしてその右腕のMさんもとても甘い発声がたまらない素晴しい方です。

正直言ってとってもうらやましい師弟関係でした。夏にはお二人の象徴とも言えるさわやか(≧∇≦)?な汗が感じられ、また「当院の夏祭りの思いで」も「クリスマス会など」もIFさんたちのバックアップあって作ってきました。

今は休止期間で大きなお付き合いはしていませんが、是非また仕事ができる時があると今でも思っています。IFさんからの最大の贈り物は「心」でした。それを理解できない人も多くいるでしょう。しかし私はそう今も思っています。今のさいきじんクリニックを形成するのに彼らの力はとても大きなものでした。特に臆することなく医療を全く知らない人の強みもあるかもしれないですが、一般会社経営についての意見を一杯頂いたのです。そんな時「それはないだろう」というようなこともありました。ですが意見です。医学的にどんなに外れていても意見を言う姿勢がすばらしいと思っていました。実は私の恩師大澤源吾教授もそのような方でした。教授の立場は微妙です。若い先生に「こんなことも知らないのか?」と思われることは教授の威厳に関わることです。しかし先生は平気で質問をしていました。私が少し恥ずかしいと思うことでも。なかなかできないことなんです。先生は実を取られていました。より多くのことを知るために。恥ずかしいことも恥ずかしくないといわんばかりに。

私が今ここで申し上げたいのは、会議で意見を言わない人は最も残念に思うからです。正しい間違いを言っているわけではありません。しかし得てしてそのような人は後になって不平不満をいうのが大体の今までのセオリーです。不平不満を言うくらいなら会議への参加をしないほうがましです。

意見を述べる、述べないは大きな違いがあります。述べないで文句を後に言う人にいいたいことです。まだみんなの前でクレームをたくさん言っている人のほうが性質はいい。意見が公然といえないから、メールでなら言えるからなど。後になって不満をぶつける全て自分の自信のなさがなせる業なのです。

わからない方もおいでかもしれないので、ここで創造してみましょう。友人でもいい。恋人でもいい。自分の言いたいことを相手がしまっておいて、あとで文句ばっかり言っている気分がいいですか?

しかし一方、発言する側も配慮が要ります。私はできるだけ3分くらいは待って発言します。トップですから、最初の発言はまずいのです。聞く耳を持たない形になりやすいので。とかく医療を知らない人に医療のことを言われると医療人は腹を立てることが多いです。それと同じですね。

とにかく意見を言う場を与えられているにも関わらず、意見を言わず後に不平不満を言う。それが多くの人に存在しています。

言い換えれば自分を信用できていないから意見が言えないのです。自信は「自分を信じる」と書くのを忘れないで欲しいのです。そういった意味でIFさんは皆には自信家に写ったと思います。しかし意見を言わないより最もいいアドバイスそして何よりも我々に大きな提案と形を下さいました。

なかなか言えなかったことですが、IFさんありがとう。私どももこの3年の間に大きく飛躍してIFさん達に負けない組織になってまたあなた達と一緒に仕事できる力を蓄えていきたいと思っています。皆さん、意見が言える人間に是非なっていきませんか?それこそが自信なのです。そして幸せへの道だと虚栄心では長続きしません。自分を認めましょう。

追伸:ここのところ厳しいことばかり言ってきました。受け取り方によっては中傷に見えるかもしれません。ご気分を害していたらごめんなさい。できる限り素の心でこの文章を読み取っていただければ前向きな事を言っていることに気づいて頂けるのでは? と思っています。

平成19年6月2日

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<院長の独り言 パート50>
『5月 楽しいはずの連休が来た。別れを感じる時間、出会いを感じる時間』

今年の3月〜4月うちのクリニックもいろんな別れと出会いがありました。そして5月この時期には多くの振り返りがあります。

昔は5月の連休は楽しかったなあ。子供の頃の思い出。一生懸命鯉のぼりをつるしていたあの頃。緋鯉、真鯉、小さな鯉…風に揺られ揺られて気持ちよさそうに飛んでいました。

そういえば、昔の頃の遊びはなぜか、空や地面を相手にするものが多かった。自然と向き合った遊びに溢れていたなあ。今はファミコンやDSなんていう代物がでて、Wiiなんてのも発売されてきています。昔は鯉のぼりもそうだし、凧揚げもそう、 地面にはめんこ、ビー玉、コマなんて流行っていたなあ。

5月の連休はどうして過ごしていたかなあ??? センチメンタルな気分です。一方、昔も同じだったけど、人の出会い別れが多くあった季節です。転校や進学、入社などして始めてのお休み…5月になって振り返ることは実に多いなあ…って思います。

多くの人材と別れた空虚な自分の心はすぐには反応せず、年のせいなんだろうか?5月に思うことは多いようです。後で気づくことが多いのもそうですね。タイムラグがあって決断して事実を見るのは早く、心で悲しみを感じるのは時間が遅くなる気分。センチメンタルな5月を乗り切ってまたまたはりきって参りましょう。果てしない道がそこにある限り…出会った皆さんが幸せになってくだされば、この上なく嬉しく思う今日この頃であります。

そうそう、昨日10年来の友人からメールを頂いて、やはりセンチメンタルな気分になっていました。50歳に近づいて今を振り返って、充実していると思っていたけどなぜか…こんな時間さえも楽しめたら妙に嬉しいいい気分ですね。それだけ教え悟りに近づいたということでしょうか?

平成19年5月2日

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<院長の独り言 パート49>
『4月 いつも早いなあ 出会いと別れそして職とは?』

桜咲き 緑を待つのは 我ゆえの 心静かな ものにふけけり

いきなり初めての短歌を書いてしまいました。恥ずかしいくらい上手には書けてないだろうけど、意味は? 桜を待っていたけれど、もう夏の緑を待ち続けるのが私である。こんな時こそ明鏡止水で心穏やかに過ごしもの(芸術や景色など)にふけるのはいいもんだ。という意味です。

何となく日本人だったのだなどと妙に感動したり…とにかく心も忙しい感じでしょうか? ともすれば自分が何者か?さえ、自分の立っている位置さえ見失いがちな今日この頃ですね。今日は4月でありますし、入社の季節です。そこで会社に入社した人に是非読んでもらいたい。そして転職を考えている皆さんにも最近読んだ本をご紹介しましょう。

タイトルはずばり 「勢いで会社を辞めちゃった人のその後」です。実はこのケースはどの世界でも多いらしいし、衝動的行動で一旦退職を口にすると意地になってしまうことで更に悪化ケースに陥りやすいことを説いています。実は以前読んだことのある 人事コンサルタンティング「Joes‘s Labo」 有名著書「若者はなぜ3年で会社を辞めるのか?」を書いた城重行さん他2名に監修の立場で見てもらっているようです。

まず辞職の理由で多いのは「上司とけんかが最も多く、辞める人が多い部署は危険」だそうです。次には会社がつまらないなどの理由です。また会社の方針に従えない<転勤や給料査定など 自己評価と会社評価の違い>だそうです。

そして「勢いで辞めちゃった」人々がはまりがちな失敗は? この本で以下論評を述べます
1. どこの会社に行っても同じ辞め方を繰り返す
圧倒的に多い理由 上司とけんか、会社がつまらない→ そんなこと言ってもどんな会社でもばかな上司はいるし、そもそも組織に所属しながら自己実現をしたいなんていうのが間違い。本当にやりたい事をやるなら起業するくらいしなきゃダメで、終身雇用のつもりで雇われている立場で「つまらない」なんて言っても難しい…と

そんな理由で辞めるなら問題を次の職場に持ち越しただけですから、必ず同じ過ちをしやすい環境を選んでいることになります。そして悪循環します。

2. 自分のキャリアを過大評価しすぎ
勢いで会社を辞めてしまう 人の多くはそもそも明確なキャリアプランを持っていないので、上司に言われたことをこなすだけ。プランがないからこそが原因で辞めてしまう。「企業が求める<年齢に相応しいキャリア>はそもそも意識しなければ築けませんし東大生や慶応大生はそれなりのキャリアプランをもっています。たとえば外資系銀行にいってM&Aに精通して30歳までにヘッジファンドに行って…とか」つまり何となく10年間いただけで10年分のキャリアがあるように錯覚するのは大きな間違いなんです。勤務年数の長い人は特にその辺を過信している傾向が強く、いわゆる職人さんと同じで仕事でなく職(業務)ができていることで安心しています。

3.情報不足で不利な転職先を見がち
勢いで会社を辞めてしまう人の多くは仕事の探し方も行き当たりばったり。好き嫌いで仕事を選びがちです。例えば「ゲームが好きだからゲーム業界に行こう」程度の考えでいい仕事に巡りあうのは至難。好きな仕事をやりたいって人の本音は「嫌いな仕事はやりたくない」ってだけのことだから、きちんと情報収集したら機嫌よく働けて条件も悪くない仕事が自分では考えつかないジャンルで見つかるかもしれない。こういうときこそ我々プロに相談したらいい何でも自分で決めるから損しちゃうでしょう。

この本で意外なのは、ほとんど9割以上の人が年収がダウンしている事実です。さらに面白いのは親元にいる人は勢いで辞めると再起不能になりやすいそして好き嫌いで仕事を選んでいる人に、悪い傾向に陥りやすい罠があると指摘されています。

どんな職場であっても嫌いな仕事はしない姿勢を若い頃から持った場合このようなことが起こりがちのようです。我々の働く医療の世界では今、人材に乏しいとされています。それゆえに今は引く手あまたであります。しかしながら、いつまでもそのような状態が続くでしょうか? 考えて見ましょう。

その職種という恩恵にすがった人は職種としてしか雇ってもらえないのです。
またバブルを思い出してみましょう。その頃永遠にバブルが続くと思われていました。
しかし現状はどうでしょう。物があふれているので大切なものが失われていくそんな世代です。
私は退職に対して反対はありません。しかしその職場において責任ある立場にいるならもう一度考えてみてください。意固地になって辞めた人の結末は私の聞くところも、人事のプロも同じことです。

つまり退職は大いに結構です。しかし目的やビジョンなく辞めるならもう一度考えてみるくらいの余裕が必要と考えるのは私だけではないと思うのですが。。。

最後に先日お会いしたとある会社の素敵な男性から教わりました。またこの方の会社のこともおいおいお話しようと思っていますが…マクドナルドの新社長がやはり辞めていく人に、「止めはしないが、最後にここを辞める事であなたのメリットを6つ教えてほしい」と聞くそうです。

多くの人は6つ答えられなかったり、明確なビジョンがない そのために社長は「なるほど」と感じられるそうです。数十人に一人は明確に答えが出る人がいて、非常におしいと感じるそうです。辞めるときにおしい と思われる人材になりましょう。

参考になればとてもうれしく思います。

平成19年4月2日

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<院長の独り言 パート48>
『3月 増改築から一年 正念場だ…今日はいい言葉を皆さんに』

今回のテーマは「3月増改築から一年 正念場だ。今日はいい言葉を皆さんに」です。

さて、ちまたでは「ひな祭り」という女性の祭りがあります。日本では伝統的な女性の祭りで健やかな成長を願います。一方男性は5月5日端午の節句こどもの日でしょうか? こいのぼりを家の外に建てて祭られます。

さて下に記す言葉は皆さんが知っている言葉かどうかは別にして、人生に役に立つと思われる私の心を打った言葉です。実は外人の方も時にこのコラムを見られるのでわかりにくいかもしれません。日本人の心を学んで欲しいものです。

<人の生き様について>
徳川家康人生訓

「人の一生は重荷を背負いし遠き道を行くが如し。急ぐべからず」

「勝つことばかり知りて、敗けること知らざれば害その身に至る」


まさに徳川家康らしい言葉です。人の人生は楽ではなく、こつこつと生きることが大切と言っています。また敗者の立場を知らなければいけない。勝者はおごりという大敵に出会うことを言っています。彼自身武田信玄との戦いで死を覚悟した瞬間がありました。三方が原の戦い。その戦いで敗れた時に自分の無様な格好を絵師に頼んで書いてもらっています。終生その絵を戒めに用いたという伝説が残っています。
嫌なことにあった時にこそ笑う余裕が欲しいもんです。

チャップリン

「人生に必要なものは <勇気>と<想像力>とほんの少しのお金だ」


チャップリンは世界的な喜劇王であります。その彼がナチスドイツのヒトラーをモデルにし、戦争を皮肉った反戦映画を作りました。そのために彼は反発を受け、一時的にスイスへ移住しなくてはいけなかった。そんな彼であったからこそ、多くの決断(反戦的映画の作成、非難に対する移住)に勇気を持って悩んだことでしょう。想像力は皆さまのご存知のところですね。素晴らしいのはお金の魔力に取り付かれないことです。毎日生かされている事を感謝することが必要です。

<奉仕の考え方>
マザーテレサ

今まさに亡くなりかけの人に「貴方のことを愛していますよ」

ノーベル平和賞受賞の場で「この賞金で幾つのパンが買えますか?」

「愛の反対にあるのは 無関心である」


人は実は孤独なのかもしれません。元気な人も病める人も。特に病める人は多くは闇にいます。そのような人にいつもあなたを意識しています。という意味で最上の言葉が 「貴方のことを愛していますよ」ではないか? と思わされます。奉仕は究極の愛の形といいます。
自身の幸せは実は Give and Take と思います。与えることが先でしょう。
与えることで心の満足も得られます。求めることのみで人に要求ばかりしていて与えていないといつも何かしら満足感はありませんね。また与えてるつもりでも余計なこと(本人が思うところでない場合)があります。
自己満足に終わらないために、心を与えてくださいね。

<ものの考え方>
エジソン

部下が実験を失敗した時に
「私は一度の失敗もしたことはない。今の実験も<この方法じゃできない>という発見をしたじゃないか。」


自然にこのような前向きな姿勢をとれていることに感動します。なかなか人生いつもポジティブでいることは人と人のかかわりの中で難しいことです。おそらくポジティブ思考のみでいる人のほうが変人扱いされるのでしょう。
エジソンは電気、水力発電、コンクリート、ベニアなど多くの何千という特許をとる発見をしました。あの時代だからできたのではなく、あの時代にポジティブに考え生きた、動いたからこれだけ多くの発見をしたのだと思います。

坂本竜馬

「人生終わりになろうとも前のめりで死にたい」


どんな死に様でもいつも前を向いて最後の瞬間まで前向きでいたいという思いです坂本竜馬は残念ながら若い時に暗殺されなくなりました。なんと私の誕生日と一緒です。びっくりです。

<組織、会社のあり方>
松下幸之助

「松下電器は<人を作る>会社です。あわせて家電製品をつくっています」


すごい の一言であります。 どんな会社でも会社のためにのみでなく自分のためにをあわせもって考えること。松下幸之助氏は多くの言葉を残しています。
自分を畑に置き換えて、同じ広さでも耕すのと耕さないのでは収穫の違うことや逆風は必ず存在し、しかしながら必ず急に道が開けてくるものである と実に経営者の神様というより人の生き方のスペシャリストですね。

参考になることは多いです。

平成19年3月1日

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<院長の独り言 パート47>
『2月 いつも早いなあ そしていつもありがとう』

今回のテーマは「いつも早いなあ そしていつもありがとう」です。

先月のフログに六星占術で去年は安定。今年は大殺界突入のような事をあげています。ここ最近のことですが、私はまたまたいろんなことがありました。まずいいこと。以前当院に勤務していた、さる男性が、大病にかかっていましたが、復帰しました嬉しいことです。ありがとう。

悪いことはいっぱいありました。職員の離脱や思うようにすすまないこと。自分の意思がうまく伝わらないことなど…でもその度に強くなる。そしてもういっぱい嫌なことが起こったのだからもう今日は起こらないと思うことにしました。
当分眠れない夜が続きました。でもそれはとてもいいこと。実は一生懸命生きようとする命の魂がそうあったからなんでしょう。

多くの誤解は必ず生じますから、でもいつかはわかってもらえると信じています。みんな頑張っていこう。

さて今月もバレンタインの季節です。今年はもらえるのかな??? 40半ばに差し掛かった私ですが、新しい縁は現れるのかな??? など考えながら毎年この季節になっています。

そういいながらいつも可愛い私の部下は義理(?p(^-^)q)チョコをいっぱいくれます。
ありがたいことです。また患者さんの中にも下さる方がおられます。とても嬉しいです。
私は変わり者なのでしょう。プレゼントをもらってもあまり覚えていないことが多いです。あげる方はとても嫌な思いをさせています。

わたしにとってプレゼントがありがたいのでなく、そのプレゼントを用意してくれる その行為がとても嬉しいわけです。だからプレゼントを出された瞬間にボルテージが最高潮です。

渡しがいのない人だとよく怒られました。ほんまにそうやなあ…ごめんなさい。
そのかわり私はほかのどんな人よりもきっとプレゼントをもらうことに感動できる人でもあります。どんなものであってもいいのです。かっこのいい服や高いブランド物でないほうがいい…

皆さんいつもありがとう。私は今日も魔法の言葉を唱えていい2月を送れるように…
そして皆さんに幸あれと願って、今日を一生懸命生きていきたいと願っています。

平成19年2月2日

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<院長の独り言 パート46>
『明けましておめでとうございます よいお年をお迎えですか?』

今回のテーマは「六星占術では安定なのに —散々だった??? 今年の私—でも考えを変えたよ」です。

ここ一年最近のことですが、何があったか振り返ってみました。私はとてもついていなかった気がします。

私は、今年は六星占術では安定でありました。しかし、建物は大きくなったけれども多くの職員が去ってしまった。不備のいたすところです。世間の流れに例外なく、医師不足、看護師不足がありとても苦しい一年を迎えた気がします。本当に大切な職員を幾人も失いました。開業当初思っていたことではありません。

本当に残念な気がしています。また自分の中の大きな夢、使命であったと思う「心を大切に、そして体を厭う」施設を提案しましたが法律の壁で直接タッチをすることができなくなった… そんな大変な一年でした。

しかし、私はある意味勉強をさせていただきました。いろんな事がたくさん起こったけれども神仏のお導きと考えるようになりました。私は知っているようで知らないことがたくさんあったように思います。まだまだ勉強不足ですね。正しい正論は確かに存在しました。私にもクリニック外にも。しかしそれは多くの人を苦しめる結果にもなったのも事実でしょう。もちろん完全に良悪が二分されるはずもありません。私もいつもパーフェクトではないと常に思っています。そんな中で支えてくださる人も多くいました。考え方の相違はたくさん存在しました。人は生きていくのは難しい。そしていくつもの困難がある。見方によれば困難は嫌なものではありますが人間を育てる肥やしでもあります

「人の一生は重荷を背負いて遠き道を行くが如し」by 徳川家康

自分の中に一つの信念はあります。心の中に大切な思いがあります。さいきじんクリニックとしてのポリシーは曲げられない…どんな苦難が待ち構えていようとこの点を替えると「何のためにさいきじんクリニック」を建てたか?さえ漠然としてしまいます。

これはずいぶん前のこのコラムでも語っていたことです。
患者さんが置き去りになっている そんな医療が存在します。いろんな意味があるのです。医療の縛りが強くなっています。医療は風当たりが強く感じます。今の世の中で医療を次世代の息子や娘に勧めたいと思う気持ちは、今の多くの医師が持っていないと思われます。そんな医療なんです。

また患者さん側も考えねばなりません。日本は皆保険制度を導入しました。どんな人でも簡単に医療が受けられる時代です。そんな時代の恩恵をこうむったので、人間はついつい甘えてしまい、今医療制度の中で自己負担などが大きくなったので苦しくなっています。皆保険制度はいい制度であります。しかしこれを逆手にとって「私らはいつどこでもどんな些細なことでも見てもらって当たり前」「あなた達は私らがいるから飯を食えているのでしょう…」などの声を聞くことも多かれ少なかれ耳にした。少数ではありますが耳にします。

医療従事者も人間であります。けして一個人の幸せを願っているわけではありません。できうる限りはその願いに近づきたい。しかし一週間前から風邪で治りが悪いからといって夜中に来院したり、3日前から虫歯が痛くて寝れないと内科を夜間受診したりするケースもあります。こんな時に思うことがあります。患者さんのお気持ちも充分わかりますが、是非、個人の都合で夜間呼び出しは避けて欲しいものです。特に医師はその日当直すれば翌日はそのまま仕事といった場合が非常に多いのです。前日手術や診察などでくたくたな上、その後に保険上の書類をしたり、患者さんの勉強をしていたりします。そこへ上記のような今でなくてもという診察を受けにこられますと必ず集中力が低下し医療事故につながります。医師が病院離れする最大の理由です。

先日も奈良県での産婦人科のたらいまわしで死亡というショッキングな事件がありました。それなどはまさしくいっぱい、いっぱいの状態での緊急の事態に対しての反応です。医師も人間ですから肉体が追いついていきません。

先日、拝見した新聞にも同じようなことが書いていました。けして楽をしようなど思っていません。そして給料が多く欲しいわけではないのです。しかし医師不足の中で一生懸命働いても、人不足でクレームが多くなり訴訟も絶えないそんな中で医師にやりがいのない仕事と思わせる世界です。

是非患者さんも任せる医療から自己管理を行うことからはじめましょう。とくに医師は今の時代は医師不足の時代になっています。

医師の使命でありますから診ようとしますが、診たくても診れない。たとえば24時間動く工場で資格があるがゆえに自分にしかできない仕事がある場合、いつでも呼び出しされて働かねばなりません。そのような過酷な状況があります。

お願いしたいのは調子が悪いのがわかっているのであれば、できる限り時間内にきていただく…そのことがより多くの患者さんを正常かつ正確な判断でもって診れるということです。つまり言いたいことは、いつも個人的にではなく多くの皆様の幸せを考えているのです。その願いを叶えたいと思っているのです。

一年の計は元旦にあり。そして様々なことを考える私の一年の始まりです。
いい一年にしましょうね…

平成19年1月2日

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