院長の独り言【2006年 平成18年】

<院長の独り言 パート45>
『またクリスマスがやってきた—今年を振り返って—』

今回のテーマは「またクリスマスがやってきた—今年を振り返って—」です。

今年はこの独り言をお読みの方には特別。今年の芸人さんは若手の方にいたしました。$10(テンダラーズ)という芸人さんです。岸和田愚連隊やミナミの帝王 などにも出演している方たちです。なぜか今回は去年の宮川大助&花子 などの超有名な方をお願いしたので原点に戻る。そんな思いでした。2年目まだブレーク前の「レギュラー:あるある探検隊」に来ていただいたのを思い出しました。今やブラウン管によく出ておられて活躍をそっと見ています。この方たちもきっとブレイクされるのでしょうね。さいきじんクリニックにお越しの芸人さんはその後ブレークをされている方も多いのです。

独り言を毎回お読みの皆さんにそっと特典として伝えてみようと思いました。

さてクリスマスの時期です。私は去年はとある知り合いの方と12月24−26日の3日間中国の北京にいました。中国のクリスマスはとても賑やかで大都会東京をもしのぐかもしれない程のきらびやかさです。中国は光の道にあふれていました。ある意味派手なパフォーマンスで、とても綺麗であったと記憶しています。一度機会があったら是非見てほしい光景です。

一方日本には雪という強い味方が、クリスマスの日々を鮮やかにそして見事に彩ってくれます。しんしんと降り積もる雪がおりなすクリスマス。街の綺麗なイルミネーションが形作るクリスマス。早めのコタツをだして家族や恋人と送るクリスマス。いろんなクリスマスがあると思います。

なぜかわくわくしてきます。冬の寒さがさらにクリスマスを盛り上げます。

平成18年12月2日

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<院長の独り言 パート44>
『法に見る様々な見解—必要な法律とその正当性—』

今回のテーマは「法に見るさまざまな見解 —必要な法律とその正当—」です。

ここ最近のことですが、向井亜希さんと高田延彦さんの代理出産の子供が品川区で出生届を受理できないことを不服として地方裁判所では受理できず、高等裁判所で受理すべきという見解を出してマスコミを騒がせています。

法務省には連日抗議の電話が殺到しているようですが、現在の出生は「分娩をしてこそ出生と認める」という見解を崩さないようにしているようです。

その中で大変印象的な向井さんの言葉がありました。品川区役所でお役人の方に「私達は何か悪いことをしましたか?」と尋ねるとお役人は「いいえ。何一つ悪いことはしておられません。ただ法の枠を大きく超えてしまっているのです。」と答えられたそうです。
両者とも素晴らしいと感じました。 向井さんもお役人さんも素晴らしい応答です。ルールがあるゆえに難しいことはきっとたくさんあります。
ここで学べることを言いましょう。
ルールは万人のためにあります。したがってひとつを破ればすなわちそれはルールがなくなるのと一緒。さらにルールを守る側としてはかたくなにならざるを得ないということ。だからルールは大変窮屈なものです。しかしながら社会にはどうしても必要なものです。一方結果的にルールを破ってしまった人を全て結果だけを見て罪人のように仕立てないことです。一般的には誰しもルールを破りたいと思っていません。ルールの範囲内でやろうとしています。

向井さんも新しいことを認めてもらおうと一生懸命です。自分のDNAをもった子供を自分の子と認めてもらうために必死です。ルールがあるから認められないのではありますが、けして悪いことではありません。逆にお役所はルールを守ることを前提としています。これは仕事ですから当たり前のことです。
悪いことは悪いと認める心。それが大事です。
そして自分の信ずる心は人として最低限の盗む、傷つける、殺すなどの行為(これは中国漢の高祖皇帝:劉邦が漢中一番乗りした時に法を3章にして告げたわかりやすい法として有名なことです)を守れば悪くないことも幾つかは存在していると思います。

ルールは多くの平等性を保つために必要なもの。しかし現実改定がなされる事がたびたびある以上絶対のものではない(憲法でさえそうですから…)という認識もあるものです。この度の向井さんはまさしくこのケースと思いました。
多くの人が幸せになれるそんなルールができあがっていくのを皆さん楽しみにしませんか?「法に見るさまざまな見解 必要な法律とその正当性」は個人的な問題でなく多くの皆さん、我々に何を与えてくれて何をすべきなのかを もう一度見直して、一部のルール破りの人を対象とせずに、万人のためになるルールを考える側面があればもっといいものができると思います。一部のルール破りを恐れるがために、ひたむきに生きる良民を苦しめるそんなルールなら反発は必死です。

最後にもう一度…
ルールは必要。しかしその法律は何のためにあるか?本当の意味での社会のため住民のためであって欲しいと願い、祈るそんな思いがあるばかりです。

平成18年11月1日

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<院長の独り言 パート43>
『仕事と作業—よく間違えるこの違い—』

今回のテーマは「仕事と作業-よく間違えるこの違い-」です。

最近多くの職員を見ていて思うことです。特に管理職の人にはよく理解をして欲しいことです。

先日当クリニックの人に尋ねてみました。「うちのホームページを見ていますか?」 残念ながら月に一度さえ見ていない人が多いのです。そこで管理職にも聞いてみました。月に1回程度さえみていない人が多いのです。他部署が何をしているか?また自分のおかれている医療環境を知ることさえできていませんでした。これは問題だぞ と思いました。

仕事とは9割は報告である<私の尊敬する中谷彰宏氏の言葉です>
誰にでも訓練すればできることを作業といいます。たとえばうまい下手はあるにしろ針刺しや回収行為ドクター介助などは作業です。

管理職の大きな仕事は1.全体把握 2.対策→実行 3.上司への報告、部下への上司からの決定事項の意思伝達(コミュニケーション)です。私はこの違いに医師になって3年目に気づきました。針刺しなどの実地医療がいくらうまくともまったく仕事にならない。教授や助教授の考えるところを前もって理解することが大切でした。「こうしたら、うまく上司の仕事をカバーできる」など上司を支えながら、うまく部下に伝えることがもっとも大切なことだなと考えられるようになっていました。

1年目では針刺しのうまい人や緊急事態に備えられ力のある人は自信ありげにしていましたし嫉妬したことも多々ありました。しかしそんなことは3年後には逆転しました。仕事とは目標に向かって、きっと人と人のコミュニケーションをうまく円滑に行うように運ぶように努力し実行することだと思ったそのことが今でも正解だと思っています。

仕事のできない人はたいていの特徴があります。自分で考え出すことが苦手であるがゆえに作業に執着し「作業を行うことで<逆に作業しかできないがゆえに作業を行い>仕事をしている気になっている」ということです。また異様に他人の目を気にすることも特徴です。そして自己満足的に作業を仕事と勘違いしています。

もう一度考えてみませんか? あなたは仕事をやっていますか?作業ですか?
1年目から3年目までは作業でもいいでしょうが、それ以上になって作業をやり続けることは逆に自分を単純作業を行うその組織での人手になり下がることです。仕事には創造性があり、明るい未来のために夢のためよりよいものを作り上げていくシステムが含まれるのです。

特別にどうすればいいかをお教えしましょう。まず上司の言葉に対して簡単に「できません」「無理」とは言わないことです。一方断わる勇気も必要です。あなたがあなたでいるために…
しかし多くのことは断わる行為は自分を否定していることになるのです。正確には自分の能力や可能性を否定しているのです。

真実は断わる回数が多ければ多いほど幸せを放棄する形につながることを知っておいて欲しい。物事を最初からできない といっていたらエジソンの発明や坂本竜馬の国の改革やライト兄弟の空を飛ぶ夢などけして叶うはずはありません。

最後に あなたは仕事をしていますか?報告をきちんとやっていますか? もしあなたが管理職部門にいればなおさらです。これに気づかないならあなたはいつまでたっても使われる身(つまりは人手)になりますので、そんなあなたが部下に指示を出すと必ず不平不満がでます。本を読み、謙虚に仕事について考えてみませんか?

平成18年10月4日

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<院長の独り言 パート42>
『患者様—ご家族様 どうつきあえばいいのか? 今思うこと』

今回のテーマは「患者様 ご家族様 どうつきあえばいいのか? 今思うこと」です。

最近、当院は外から眺めると実際いいとこなしの状態かもしれません。悔しい状況です。しかしこれも長いクリニック運営には神様が与える試練と思っています。

医師、看護師不足にかこつけて、充分な医療の提供を行うことが難しい状態です。組織が大きくなっていくことは大変喜ばしいことでもありますが、一方大変組織自体の運営が難しくなることを痛感しています。ですがそれもさいきじんクリニックなのだ。起こってしまったことに対して悔やんでもそれを改善する努力を誰も見ていないでしょうがやることのほうが重要です。きっと理解されないことなんでしょうね。それも含めてさいきじんクリニックなのです。とくに患者さんにとっては1対1の付き合いであるのですが、患者さんが増える割合によって1対多の関係が強まっていきます。そうすれば距離が遠くなっていきます。すべては理解することです。一方そこには人間である以上感情が先走ると正しい理解ができなくなると思います。最近とくにいろんな人間関係をみていると思うことです。

私の経験した忘れられない事例とある患者さんと家族の関わり。ある患者さん(癌の患者さんで便秘がつらい方)の一生。ご家族が治療に対して便秘治療薬の増量を希望されました。娘さんですが、便通がないことがご家族には何もしてあげられない思いでもあり、私が連日少量で使っていた便秘薬の増量を娘さんが希望されました。私は「薬には副作用があって増やせばその影響が強く出る今増量すればその可能性はきわめて高いので増やさないほうがいい」と言いました。しかし娘さんは納得されず、「出ないのだから増やすのが当たり前」と譲られませんでした。{腸が破れる可能性は高い}ということを申し上げましたが聞いてもらえませんでした。もちろんどんなケースも100%はないのですが…

私はこの感情を理解はできるのですが、私の強い反対にも腸を破る可能性の説明に対しても{便秘薬を増やしてほしい} の一点張りだった娘さんから学びました。私はしぶしぶ行いました。夕方突然の腹痛。→腸管穿孔により便まみれのお腹で腹膜炎で患者さんは亡くなられました。患者さんの家族は何とか自分がしたいと思う気持ちがあります。ましてや命にかかわることですから。しかし結果はどうでしょう。医師の助言を聞かないで便秘を治すことにのみ一生懸命になって命を落としてしまう結末になりました。もちろんすごく後悔されていました。よかれと思って言うことは消して悪いことではありません。きっと患者さんも家族ですからわかってもらえるでしょう。しかし個人の尊重ができていない点は残念に思うものでした。

私も結果が予想できたので、大変悲しい思いをしました。
学んだことは患者さんの命はあくまでも患者さんのものです。私はこんなときに重なって思うことがあります。子供の育て方です。まさしく子供は自分の分身なので自分の思うように育てようとするケースが多いのです。子供に夢を託すケースも多いのです。子供は子供の自我を持っています。たとえ親族であっても娘であっても自分のものではありません。

今回こんなことを力説するには訳があります。とある透析患者さんから相談を受けました。自分の体なのに家族が支配しているみたいで窮屈だと。。。私はデータよりももっと楽しく生きたいのだと…。患者さん個人の{楽しく生きたい}と家族の{長生きをしてほしい}の違いを不幸に思うのです。何とかしたいけれどできないので素人考えで医療に口を挟むのはしないほうが賢明です。しかし一つだけ、アクションをおこそうとしない医師には注意が必要です。これは仕事が嫌いである可能性があるからです。自分の考えと違っても筋がしっかりとしていてアクションを起こしてくれる場合はぜひ信じてみて下さい。きっとご自身の知らない世界での動きを考えて行動していると思います。

医師といえども万能ではありません。しかし患者さんが{楽しく生きたい}と思うならその願いを叶えようと、すぐに叶えられなくても叶えようと努力することが大切だからです。今のクリニックにおいても今変換期。理解をして頂きにくい事も承知しています。だから悲しいですけど患者さんが他院へ移ると言われても私は止めたりしません。自分の納得いくところで治療を受けてほしいからです。ですが患者さんの家族がそういうことを操作することがあると伺うこともあります。

私はこんなとき思います。もしご自身がそうであればよく考えてください。自分がその場所を離れたく何にもかかわらず家族の意図で変えられるのはオーケーですか? 誰にも個人として個性があります。それを尊重しないのはかえって不幸を起こす結末は見えています。だからこそさいきじんクリニックは「リビングウイル」にも着手したいきさつがあるのです。

平成18年9月2日

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<院長の独り言 パート41>
『幾つもの喪失感 “だからうまくいくんだ”』

今回のテーマは「幾つもの喪失感 “だからうまくいくんだ”」です。

最近正直言ってへこむような事が多くありました。人と付き合っていけばいく程多くの人と出逢い、その上でどんどん問題も多く発生します。問題のない世界は望む世界に直結するでしょうか?誰しも問題が多い世界は嫌がるのが本当のところでしょう。しかし視点を変えれば問題が多く発生していると言う事は、人が多く集まっている事であり動き続けていると言う事
であります。

幾つものルールに縛られて生きていくうちに 私は『最近問題が多いなあ…』と思いました。そしてへこみました。しかし一方、むかし問題が全くない世界も体験しています。非常に何となく生きているという活力のない世界でした。生きると言う事を実感できるのは忙しい世界です。人は特に忙しい時には安らぎを求めます。逆に暇になれば急がしさを求めていく。そんな自分勝手な部分があるのです。

いろんなものをなくしていく…そんな時に人はどうしようもない淋しさや怒り、哀しみを背負います。しかしその反面自分をしっかり見つめているならば、自分を失ってはいません。自分だけは失わない強靱な精神力が養われる事になります。

本当に失う事はそんなに多くはありません。失ったら逆に心を強く持てば必ず次に補充がなされています。失うから得るものの方が大きく、またその時になって始めて感謝する心が生まれます。今、私にある喪失感はきっと将来への布石だと考えることができるようになりました。皆さんも多くの失ったもの、たくさんおありだと思います。その時に哀しみを背負っておられるでしょう。しかし、これは神様が下さった試練です。これからより大きくなるための試練です。自分を信じましょう。必ず道はあります。

小さな道もいつまでも小さいままではありません。また小さい川もいつまでも小さいままではありません。いつかは横道にそれる事もありますが、必ず大きな道や川につながっていく事を忘れないでいましょう。        

幾つもの喪失感“だからうまくいくんだ”のまとめは失う事ばかりだけではなく、失った後の得るものも大きくそして神様の試練がその人を大きくする事を意味しています。皆さんどう思われますか?

平成18年8月2日

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<院長の独り言 パート40>
『患者さんと医療従事者… 対等/平等の関係』

今回のテーマは「患者さんと医療従事者 対等/平等の関係」です。

『対等/平等』とはどういう意味か? まず、この点が重要です。
私は常にこの立場に立っています。いつも考える事があります。今までの医療は常に医師のいう通りの医療が実践されていました。つまり医師>患者関係でした。しかし今は医療情報が飛び交う世の中です。患者さんも知識をつけてきました。俺のいう事が聞けないなら…というような医療はどんどん縮小され インフォームドコンセント(説明と同意)が大切な時期になっています。

そんな中、逆に患者さんの方が勘違いをしている場面も見えてきました。俺がここにこなかったらお前らの給料はでないんだぞ…病院なんか幾らでもあるんだぞ…という声を幾たびか耳にします。おそらく不安が言わせる言葉と理解しています。そういう患者さんの多くは強がっておられ、まずは信用する事が苦手な方が多い。

いずれの場合も忘れている事があります。憲法に記された言葉…『全て日本国民は平等である』の言葉です。対等の関係のみが人と人との付き合いをスムースにし、人間の醍醐味を味わう事ができます。私はけしてそう言う事をいわれる患者さんにあっても引き止める事は一切しません。なぜならばお互い不幸であると確信するからです。満足できないなら満足できる場所で治療を受ける事が一番お互いにとっていい事だからです。

医師>患者 患者>医師 の関係はあってはいけないと思うのです。最近もこのような関係を医療従事者と患者さんの間で見かけました。非常に残念です。患者様がスタッフの人格を否定した瞬間です。話もなく手で払いのける行為を毎回続けるなどの行為がありました。患者さまは今の時代確かにサービスの観点からはお客さまです。しかし程度があります。人格を否定するなどの行為はあってはならないものです。

医師も医療機関もこれからは選ばれる時代です。尊大に生きていい結果が残るはずがありません。皆さん、いい関係を保つために…これからお互いを尊重しあって、不安に立ち向かって参りましょう。

私は患者さんに悲しみを多く与えてきたかもしれない。だから、私も同じ痛みを抱えています。お互いが尊重しあう事は医療従事者と患者関係のみでなく、あらゆるところで生きてくる人という強い味方を生む行為である事を忘れないでいたいものです。

平成18年7月7日

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<院長の独り言 パート39>
『人をつくること…それが目標です』

今回のテーマは「人をつくる事」です。

『人をつくる事』でまず思い出すのは、院の願いの中にこの言葉があります、そしてわたしの母校「川崎医科大学」の理念です。初代の理事長であった川崎祐宣先生の言った言葉です。わが川崎医大は『人をつくる』『身体をつくる』『医学を極める』と簡単な言葉で理念を述べられました。

簡単な言葉ではありますが、実は今の時代でもっとも難しい事なんですね。私は幸いなことに色んな教育の場を与えてもらっています。介護関係の生徒、看護師、秘書の内科授業、もちろん当院のスタッフに対しても…

うちのスタッフにはいつも言っています。我々は医療従事者の前に人間である事を忘れてはいけない。当院のスタッフをイメージしてここからは話をしていきますが、その事をいつも意識している人はいるか? 難しい事ですが、少ないと思います。うちのスタッフは優秀ですから、おそらく言われた事はできるようです。しかし自分からすすんでやる事は苦手なようです。何か指図があって動くのは得意みたいです。これは目標が不明確な証です。ぜひ目標を持って欲しいと願っています。

言われた事ができるのは都合のいい人間でしかありません。人材と言わない。プロとして認めるには、やはり個性が必要でしょう。人間は自己中心的なものです。しかしその自分を大事に思うが故に他人を思いやる気持ちが持てます。つまり他人を大切にする人間は基本的に自分が好きです。愛情を自分に振りまいています。

医療従事者として認められても人間として認められなければその人は幸せでない。どんなに学問ができても挨拶や言葉遣いができなければ社会人として認められないのです。イメージしてみましょう。学問がとことんできるが、思いやりのない医療スタッフと学問はそこまでできなくても親身になって話を聞いてくれる人。 どちらがいいでしょう?うちのスタッフは基本的に後ろの人が多いです。嬉しい事だ。と手をあわせています。ありがたいことだ…とハッピーです。その上で医療従事者としての知識が加わるのであれば、もっと患者さんを知る事ができて、さらにもっとその人はベリーハッピーになるでしょう。この間日本の偉人に松下幸之助さんがでてきました。その時に同じような事を言っておられました。晩年の松下幸之助さんにインタビューされたとき「会長さん…一言でいって、松下電器(現パナソニック)はどういう会社なんですか?」その時の応対が凄かった。『うちは人をつくる会社です。そしてついでに家電をつくっています』私は心が身震いするのを感じました.多くの苦労と年輪を重ねてきた人の言葉の重みを感じました。

医療をされている皆さん。もう一度原点に返りませんか? 我々は患者さんありきで我々が必要とされているんです。忘れやすい事ではありますが、医療を守ってきた過去の先人達に感謝と尊敬の念を送ると共に開かれた医療が求められているこの時代…あの仕事はいや、この仕事はいやなどいわずに目標をもう一度見直してみませんか?

人としてどのように生きるか?成功は必要ありません.その先には幸せがあればいい。成功はあくまでも幸せの手段です.幸せをみつけるために...少ししんどい思いをしてみませんか? しんどい思いなくあなたが幸せになれたなら、それは素晴らしい事です。でもほとんどはそんなことはないでしょう。

医療者である前に人間という事を忘れずに、人間として成長したいと思う人はさいきじんクリニック.に集合しましょう。そして幸せの法則を一緒に探しましょうよ。悩みは必要ですよ。明日の素敵な自分にあうために…

平成18年6月1日

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<院長の独り言 パート38>
『人を認める事、許す事 そしてありがとうの意味は?』

今回のテーマは「人を認める事、許す事 そしてありがとうの意味は?」です。

『人に認められる事』を無意識に人は望んでいます。全ての人の望みといってもいいでしょう。もしあなたが、相手に挨拶をしてもらえなかったり、いても無視されたりしたらどう思うでしょう? あからさまにそのような態度を取られたらどうしますか? 答えは簡単です。悲しくなります。自分の存在を気づいてもらえてない事に悲しくなりがっかりします。

どうか皆さん、人を無視する行為だけはとらないように心がけましょう。

当院の院歌に『ありがとう』という言葉が連発します。

先日読んでいた本に『ありがとう』について書いていました。ユダヤ人のお婆ちゃんにライターさんが教えられた事らしいのですが、『ありがとう』は嫌な事があった時にいう言葉なのよ...漢字で“有難う”と書くでしょう。つまり難があるからいう言葉なの…と。なんて素敵なお婆ちゃんだろうと感心しました。辛い時、悲しい時に使ってはいけない言葉とみなさん決めつけていませんか? そうなんです。『ありがとう』はそういう時にこそ、笑顔でいう言葉なのだと…そういう事で自分に幸福が舞い降りてくる魔法の言葉なのだと…

そしていい事があったら『感謝します』と言うといい。とそのお婆ちゃんは言いました。そして禁句です。汚い言葉は絶対に使っちゃいけない。そうなると本人が汚い心になると言うのです。そしてつけ加えました。『怒ったらダメよ。怒っても何の得にもなりゃしない』と

一方、曹洞宗の偉いお坊さんが『ありがとう』についてこう言ってました。有る 事が 難し(かたし)今、自分が存在する事が難しい状況で生まれてきた事を感謝しなさいと…

遺伝子工学の村上和雄先生は、人間が生まれる確率は1おくえんの宝くじが百万回連続当選する確率と言っています。つまり、人間として生まれてきた事を感謝しなければ…そして出会いに感謝しましょう…と言う事です。

時には人間関係、その関係がぎくしゃくするのです。みな各個人の考えを持っていますから...しかし、どんな時も私は人を認めない事はしてはならないと思います。それがルールです。またその人をできれば許しましょう。

単に、無視した、されたの問題ではありません。そのような行いをした人は、いずれ必ず自分にも降り掛かってくると覚悟しなければなりません。それを因果応報の法則というのです。

実は私にもこういった経験があります。その時にストレス度は280の値を示しました。最近はストレス度を測定する機械があります。60を超えるとかなりのストレス度です。私は『まさか、280なんて』と思いました。しかし同様に繰り返しても同じくらいの値を示しました。全ての人間が求める事…それは認めてもらう事。どんなに自分が辛くとも、やぶってはいけないルールがあります。

その一つに『人を認める事』『挨拶をする事』『時間を守る事』などがあると私は思います。

挨拶は人間であるがゆえの大切な行為…挨拶のできない人は実は幸せを放棄する形になります。また時間を守る事これは極めて大切です。もし自分が時間の約束をしていて守れない人がいたらどう思うか? 今後その人を誘う事がなくなる事もあります。時間だけが人間に平等に与えられた宝物です。その人がどんな時間の使い方をするかでその人の幸せが決まると言っても過言ではありません。

平成18年5月1日

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<院長の独り言 パート37>
『おいおいできちゃたよ -これからのさいきじんクリニック.-』

今回はやはり増改築を終えたばかりですので,今のさいきじんクリニック.についてお話したいです。

瀬戸町に腰をおろして、約1年たったその時にもはや今の施設では限界が生じる事がはっきりしました。2004年冬の事でした。思い起こせば,2001年10月11日にさいきクリニックとして始まった、このクリニックはどんどん成長を遂げてきた気がします。しかし言い知れぬ不安と、反面期待があるのも事実です。そう言えば2003年10月新築オープン後、患者さまからのクレームがあったなあ。そんな場所などが改善されたこのさいきじんクリニックは当院のスタッフみんなで考えて作られたものだと思っています。

多くの不安をよそに計画が進められていきその見えない不安に。ネガティブに思う自分と反対側によりよいものを患者さまに提供できるという私達の夢がポジティブに強く膨らんでいったものでした。しかし一方私はこのクリニックをまた瀬戸町をいい方向へ導くお手伝いができているか? ひいては福山の人達のためになっているんだろうか? 日本に貢献できているか? 疑問は一杯あるのだけれど、ここに簡単に新しいクリニック紹介をしたい。

1.医療と癒しの連合体CHREST (クレスト)5〜6月オープン予定
最近注目されている 『ゲルマニウム温浴』『遠赤外線』を取り入れる事にした。そして将来的にもリラックスできる空間を演出し、癒しのみでも、治療をかねてでも利用できる形態にしたい。ゲルマニウム温浴は高血圧、糖尿病、高脂血症、動脈硬化、そして若い女性に増えている低体温等の効果が示されているもので。是非御体験下さい。医療施設とのコラボレーションは日本でも稀ですから御期待を...

2.安全を主とし、ユーモアセンスを生かした外来、透析空間
全館は感染に対して防止を行うために、院内感染を起こさないためにスーパー次亜水による噴霧器を設備した。全館に目に見えない霧状の噴霧を行い、院内感染を防止するようにした。さらにリハビリ機としてウオーターベットを配置した(以前より患者様に評判がいいので)。

また外来ではメディネットにて病院案内やイベント案内を放映する。透析室は全てのベットで液晶テレビとしメディネットを放映する。透析室も広々とした更衣室に加えて、ゆっくり休める休憩所を設けた。

3.医療の効率化と安全のために
コンピューターを導入し、円滑に仕事がすすむように工夫しました。そして時間をつくってできる限り皆様のそばに行けますように配慮しました。医療は愛。そして最上の究極の愛は『奉仕』と信じて『全ては患者さまのために』の実行をこれからも目標に邁進していきます。

平成18年3月28日

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<院長の独り言 パート36>
『ああ素晴しきかな -脳外科医 福島孝徳先生-』

今回は最近テレビによく出ているスーパードクター福島孝徳先生についてお話したいです。
この福島先生は明治神宮で生まれ,神官のお父様に『人の役にたつ職業につきなさい』がきっかけで東京大学医学部へ入学。そして卒業後,脳外科医として活躍なさっているのです。

今回の話のポイントは3つ

1.『全ては患者さまのために』どっかで聞いたフレーズです.当クリニックの理念ですね。
   一発全治が目標で自分での限界を感じ後継者を育てていく
2. 神様が治してくれる謙虚な姿勢
3. 夢は叶えば遅くはない

1.『全ては患者さまのために』を純粋におい続けて、日本の医療からはみだされた福島先生はすべての医師に伝えたい言葉だそうです。患者さんを「自分の家族だと思って親身に患者さまに向かって欲しい。そして最後にそうなるといいですね」と願いと言うのは達成できていないから願いです.つまり全ての医師が『全ては患者さまのために』でいない事をよく知っていて難しい事をわかっていながら祈る気持ちでおられるのです。

一発で治すそのような手術を心がけておられます。そして自分での限界をご存じですから後継者の育成にも一生懸命です。

2.大学病院でも難しい手術をこなし、治していく。手術中の困難を克服した時、手術が終わった時必ず先生は言われます。『神様が微笑んでくれた。今日もありがとうございます』とけして自分の能力だけではないと真剣に思っておられます。その姿は尊敬に値し、魅了されます。

3.夢は叶えば遅くない
日本の医療から異端児扱いされた福島先生は単身アメリカへ60歳で行かれ、ゴットハンドとしてデユーク大学の教授として後継者を育てています。60歳。普通ならこの年をどう思うでしょう?遅いのでしょうか? 遅くはないのです。身を持って教えて下さっている素晴しい先生がいました。

私はこのような先生が一人でも多くこの医学会におられたら医師/患者関係はもっともっと素敵になり昨今マスコミをにぎあわせている訴訟問題は減るのではないかと思っています。医師が患者さんを治すのでなく、医師とそのチームそして患者さん、家族が強く願う事で神様が新しい命を吹き込んでくれるのです。

患者さんに是非伝えたい。可能性がある場合は是非信じて一生懸命…命を燃やしましょう.いい医療施設を見つけて下さい。いい医師を見つけて下さい。そして節度を持って医療者と医療機関にあたって下さい。日本は国民皆保険制度で非常に恵まれた国です。だからといって高飛車にはなってはいけません。全ての患者さまのために医師は存在しています。あなただけの医師ではありません。ですから自分ご都合主義はあまり感心できません。また医療従事者に言いたい。昔も今も『全ては患者さまのために』にしかないと言っていいほど医療の形は医学がすすもうと進歩しようとも変わりません。患者さんを置き去りにせず、今日できる事は今日やる。我々も自分の都合(早く帰りたいがために仕事を不充分なままこなすなど)で医療を行わない。その姿勢が患者さんのニーズです。
究極の最高の愛の形は『奉仕』である。太宰治の言葉です。人間として人間と付き合えば、その方は大切にされます。そして幸せが歩いてくるでしょう。人間愛されるならば,人間愛で応えたい。いつかそんな事を書きました。また、ここに大先輩が異端児と言われて自分の信じる道を突き進み成功をおさめています。内科はテレビにならない程派手ではなく分りにくいかも知れませんが、内科の道で『全ては患者さまのために』を実行できたらクリニックはもうそれだけで幸せと思います。そしてその先には患者さまの幸せがあるんでしょう。

どうか一緒にこの道を歩んでいきませんか? 応援して下さい。

平成18年3月1日

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<院長の独り言 パート35>
『楽しんでるかい—今この時を感謝している—』

さてもう2月です。昨年末が嘘のように1月は入院が15名。外来患者数60名/日。透析患者さんの増加が6名。大変多忙でした。私どものクリニックは12月末に常勤医が私だけになりました。

大変な1月でしたが、とても充実した1月を過ごせました。以前働いていた病院で常勤医が減った事により、患者さまから不平不満がでましたが、今回さいきじんクリニック.では一部数名の方は淋しい思いをさせました。しかしほとんど大過なく、多くの患者さまの温かい言葉を頂きました。『先生の身体が心配』とスタッフを通して多くの励みの言葉を頂きました。ありがとうございます。

御心配なく…私はそんなにやわではありません。開業を決意した時から大きな使命感にのせられ、今まで参りました.実はすごく楽しんでいます.忙しい事を…有り難い事と思っています。

何となく、あの若い日に一生懸命患者さまのために尽くした日々がよみがえってきました。そして『初診忘れるべからず』とともにあの時の清廉潔白な気持ちで楽しんで仕事をしています。忙しい事も有り難く思うし、何よりも患者さまに思いやって頂けている自分が嬉しいのです。

人間が生きるという事は『あーこういうことなんだな』と思いました。返ってネガティブ思想がはじき出されて、今とても楽しく感謝の毎日です。

2月私にとってはもう一つ大事な儀式があります。母の1周忌にあたります。母が生前言っていた言葉『他人を苦しませたり、悲しませたり、困らせたりしないように生きなさい。必ず自分に跳ね返ってくるのよ』を思い出しました。だから今私は楽しくやれているのだと思います.忙しいから楽しくないのではない。心の充足が確実に人の心を癒していくのでしょう。神様そして先祖に手をあわせて今日も感謝です。

平成18年2月1日

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<院長の独り言 パート34>
『走れサンタ 来た道を振り返って』

明けましておめでとうございます。

前向きな話をしたいんです。実は本日私どものクリニックは当番日でした。浜岡事務長一人が嬉しそうな日です。結果、2006年初日に72名の患者さまがお越し下さいました。私がいつものように浜岡事務長に1月1日まで働くなんて…とぼやいていると彼がいいました。

『1月1日は先生のお母さんの誕生日です。きっとお母さんがのお導きでしょう』と…妙に納得し説得されました。

さて今回のお話は「走れサンタ -来た道を振り返って-」です.太宰治の走れメロスからパクってしまいました。始まりは衝撃的な『メロスは激怒した』から始まるこの作品は、とってもささいな事から罪に問われ、友人を救うためにメロスは決められた時間の期限内に一生懸命走ります。遅いメロスに友人は裏切ったかと感じたり、メロスも挫けそうになったりまさに人生を感ぜずにいられない.そんな一種の哲学的思想さえ感じてしまう逸品です。多分小学生で読んだはずのものですが、心にとっても残っています。

さて突然ですが、『走れサンタ』ってどういうことかな? それは信頼して下さっている皆さんにさいきじんクリニック.の一生懸命を見て頂き、その信頼を頂くために走り続けることその対象は患者さんやそのご家族、あるいはスタッフその家族、我々を支えて下さっている電通、インターフェースはじめ多くの業種の方々、そして辞めていったスタッフ達のためにも走り続けるのです。

我々は感受性の強い集団と思っています。かなり哀しみや苦痛を感受性高く受け取って、それが私達をよき方向に導いていきたいと強く願っているのだと思っています。信頼しあう友情やきずなが走れサンタです。

今、大変厳しい情勢にある。そんな時代です。ですが私を疎んじる人もいるでしょうが、強烈に私を信じて下さる人も多くいました。憎み憎まれ、そして愛し愛され、その上で行動した結果、過ち多くそして学び、今にここにいる。私自身はどうだろう…大学時代と比較して随分まるくなったと…勝手に思い込んでいます。

とにかく充分自分一人では何も出来ない事を知りました。そして無力な事も知りました。その結果人を愛する気持ちが更に大きくなりました。人間愛されるならば、人間愛で応えたいものですね。クリニックは走り続けそのゴールを目ざします。しかしそのゴールは実はスタートかも知れません。でも走る楽しさと義務でもって信じるものを救うために走り続けるでしょう。

どうか応援して下さい…

平成18年1月1日

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