院長の独り言【2005年 平成17年】

<院長の独り言 パート33>
『やはりクリスマス 赤と緑の最高のコントラスト』

ここ数回厳しいことを言って参りました。すると、ある方から『先生.院長の独り言を楽しみにしている人もいるのだから少し批判的で最近うれしくない』と手厳しいお言葉を頂きました。

読み返してなる程... 少し過激だったか? と思い反省しました。いつも楽しんで頂いている皆様へ...ご気分を害したならばすいません.そして御忠告下さったS様ありがとうございました。私の本当に言いたかった事は、

(1)目標を明確にもって生きる事は大切です..
(2)組織になじめないなら無理をしてしがみつき,その組織にいるのはどちらにとってもマイナスです。ということです。

現代はケルン憲章という主要8ヶ国によって世界での話し合いの場でも『生涯教育』の必要性を訴えています。言い換えれば生涯勉強をしなければ生き残って行けない時代が遅かれくるということです。いい緊張感をもって事に当たらねば大変ですね...そして管理職にある皆様には同じ思いをされている方も多いと思い、思いきって書いちゃいました。ですが本当に気分を害して申し訳なかったですね。そのお詫びと言ってはなんですが....

今回から2回はクリスマス関係の話し......「やはりクリスマス 赤と緑の最高のコントラスト」です。またこの時期がやって参りました。数年前に病院勉強会で クリスマスのトリビア をしました。クリスマスには欠かせないものがいくつかあります。
(1)色 (2)音 (3)光り

(2)音は 鐘の音などもありますが、本当は静寂の中にあるようです。雪の結晶は6角形で90%以上の音を吸収するのです。しんしんと降る雪は静寂を演出します。

(3)光りは 人が生誕の時に始まっています.最初に感じるのは光で潜在的な心の奥で回想をさせ興味をそそります

(1)色も 同様に潜在的な心の奥で回想をさせ興味をそそりますがなぜ赤と緑が選ばれたのでしょう。色について最近の研究では生後すぐに見えているとわかっていて、明るくはでな色に目がむくのです。そして赤はまぎれもなくイエス・キリストの血液を現わしているようです。また当時、司教が赤の服を着ておりサンタは服が赤いのです。そのコントラストに何があうか? 最大のコンビネーションは緑でした.また緑は落葉広葉樹の色でもあり大気汚染によいとされ癒し効果にもいいとされています。

クリスマスはキリスト教の宣伝効果に最初用いられた感があります。初めはそうであっても、街角で多くの人を癒し楽しませるクリスマスであればいいじゃあありませんか? 私どもはお祭りを楽しみ、皆さんと分かち合う精神で今後も邁進していきます。宜しくお願いします。

追伸:皆様良いお年をお迎え下さい。さいきじんクリニック.は元旦から救急当番で、1年の計は元旦にあり を目ざします.

平成17年12月1日

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<院長の独り言 パート32>
『歴史は人を癒す中国地方武将毛利元就らに学ぶ事』

今回のテーマは「歴史は人を癒す」です.単純な疑問です。

中国の始皇帝で有名な秦では 『人間性悪説』がメインでした.元来人間は悪いもので,それを統治するのに韓の韓ぴの 提案した『人間性悪説』を始皇帝が取り入れました.当然逆の考え方もあるわけで『人間性良説』は成り立つのでしょうか? また戦争は亡くならないとする考えと戦争のない世界をつくれるはずとする考え方とあります。

私はこう思っています。
戦争がなくなると嬉しいですが,難しいと思っています.全人類36億の人間が同じ考え方をもってすすむ事ができないからです.どんな歴史にも全く平和な時代が続く事がありませんでした。

平和は『戦争と戦争の間の一時休みである』と真田昌幸という武士は言いました。歴史からも,現代からも考えの違う人間どおしが一つになるのは大変難しい事です。難しいけれども何とか共存せねばなりません。そこで譲歩するという事が重要になってきます。何でも譲れという意味ではありません。意思の曲げれない部分はそのままに...その他は曲げれる部分です。頑固はOK。しかし頑迷はまずいのです。頑迷は頭が硬い。いろんなアイディアさえもでてきません。頑固は柔軟な頭で考えます。

私は今組織が40-50名になりいつも人を束ねるのは難しい事だと思っています。入社時に確認しお願いして入社したにも関わらず,その約束事が守れない人がいることは残念でなりません.何とかうまくいく方法がないか?いつも考えています。そんな時歴史を読み返します.相手をルールを守ってできる限りは許す事です。しかし許しをルールを破った相手から気づいて詫びねばなりません。

徳川家康の三河一向一揆には家臣団の中枢が参加していました.しかし徳川家康は正面きって反旗を翻した家臣団に出会い『まだわからんのか?』と問いかけます。許す態度を示すと多くの家臣が戻ってきました。ですが最低限のルールは守りましょう。社会には必ずルールがあります。ルールは束縛的なものですが、免許のない人は運転できません。また赤信号でも勝手にすすめば事故があります。ルールを守り許す事が大切と思います。また皆さんも頭を柔らかくもたないとどの社会にでても失敗する事は明白です。毛利元就もまた哀しい武将です。弟の反乱による悲しみ,多くの家臣団の謀反,弱小であるがゆえの言いなりにならねばならない経験...全て辛い事を乗り越えたあとの成功でした。

そうこうしていたら,一通のメールが参りました。.いつもほっとさせてくれるこのメールの送り主は千秋育子さん。 私の大好きな人の一人です。彼女も小さなトラブルで悩んでいました.トラブルは有り難い事だと最近になって思います。神様がトラブルをとおして我々を試しています.医師を統一する事の大切さの対極に難しさがあります。難しいからこそ大志が叶うのです。簡単な事だったらそれはきっとちっぽけな事なのでしょう。

このような様々な歴史からも意思を統一する事は難しいのです。ですが譲歩しその上で一定のルールを守る事が重要でそのためには冷静に切るところは切る勇気も必要と思う今日この頃です。

平成17年11月1日

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<院長の独り言 パート31>
『最近 講演で共通の話題 来た道を振り返って』

今回のテーマは「最近講演での共通の話題 -来た道を振り返って-」です。

お一人は日野原重明先生、かの有名な『生き方上手』という本を書かれていますが、先生は日本の有名な『POS』という患者様の医学的,社会的,精神的問題を列挙しその問題点を解決する方法の有名な手法を日本にと入りれた方です。またホスピスや労健の創立に大変多大な功績があり、また地下鉄サリン事件の総指揮者でもあります。

大変御高名な先生です。
またもう一人の先生は春木繁一先生で、御自身が血液透析20年の長期透析患者さんでありながら、精神科、透析科の有名な先生です。

まず日野原先生は
1.今までの既成概念にとらわれずに今後の医療を行っていくこと。たとえば、従来の医療をそのまま正しいと思い込んでやっていることに,何の根拠もないことが多い。手術後1週間の安静など(海外では心筋梗塞でも5日で退院、大腿骨骨折も手術翌日から動かせる)風邪を引いたらお風呂に入ってはいけない など 何の根拠もない。バイタルサインを労健でも一生懸命はかっているが、外国では精々一日一回程度、入所時はきっちり計ることなど既成の医療に疑問を投じられた。

2.在宅医療、介護などのナースの仕事では知識修得が大切で看護師が診断できるくらいの能力が必要である。そして何よりもクリーンで環境を整えることが重要です。

3.そして今からの医療にはジョーク、ユーモアと笑いに癒しが必要。そして人格形成にアート音楽や絵画などが必要であると おっしゃられた。

一方春木繁一先生は
1.人材育成が欠かせない時代になっていること。

2.必要でない人材は遠慮なく退職してもらう勇気が必要であること。なぜ医療をしているかの意味がわからない、あるいは目標が明確でない人(何となく仕事している)や『デモシカ先生』でも、だって ...しかなど言い訳、不満愚痴などが多い人、

3.批判的で、自分都合主義、愚痴をよくいっているようなひと。

『当院はどうか?』とあてはめて聞いていた。少なくとも私どもの施設はジョークや笑いを取り入れてきているし人材育成に力を注ぐ反面,退職者も何人か出している。当初はどうなのかなあ?今のままでいいのかな? など考えてきたが方向性は正しいのだ、間違っていないのだ、とかなりの自信を持てたのだった。そんな思いがした。

なぜ医療をしているかがわかっていない)し、かなり批判的で愚痴の多い人が多く、少しでも理解を求めるために他の人を巻き込もうとするのであるが、結局孤独になっていた。数回前にトラブルについて必ず、仕事をしている時にはトラブルが付きまとい避けられないと言った気がする。トラブルは多いのはおそらく組織の上昇気流時にはあり得ることで、さいきじんクリニック.が立ち上がり、創世記を過ぎて次の成長期に入った証であると確信しました。今後も色んなことがあるでしょうけど、どんなことがあってもさいきじんクリニック.はこの難題を跳ねのけていくのでしょう。

本当に信頼できる多くの部下が(不安な顔を見せる時もありま  いつの日か当クリニックの講演に日野原先生がお越しくださる可能性があるかも知れませんよ。その日のために.そ らの医療にはジョーク、ユーモアと笑いが必要だとのお言葉が妙に心に心地よく響いた。我々は日々努力をしてもっともっと日野原 先生が見て下さっても恥ずかしくないクリニックに仕上げたいと思っています。

平成17年10月1日

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<院長の独り言 パート30>
『組織に対する考え 国家の方向性を小泉総理はどう考えているか?』

今回のテーマは「組織に対する考え 国家の方向性ム小泉総理はどう考えているのか?」です。

連日,今衆議院解散がなされ今度の選挙に大きな関心が寄せられています。毎日のように討論会などが行われ,自民党がどうの民社党がどうのなど小泉さんは強引だなどの話が右往左往しています。さてどのように考えればいいのでしょう。国を憂い,愛する気持ちは全ての日本人にあることでしょう。ではどうすれば今の世の中を変えていけるか? ということです。

私の考えを述べましょう。現在までのマスコミや手法論から判断すると私は小泉さんを指示しています。

確かに,なかば強引ととられる言動や行動はあると思っています。しかしながら歴代の首相の中にこれほど頑として譲らない人がいたでしょうか? まずは小泉総理は一貫して首相になる前から『党の改革を行う』と言っています.具体的にはさもありげな色んな圧力に屈する事なく小泉がつぶれるか? 自民党をぶっ潰すか? を選択する可能性がある事を初めから(首相になる前から)知っていましたし,その予測はしていたのだと思います。つまりはそういう形が今の政治であると知っていて今後大きな変革には相当の腹をくくって首相になって変えていくぞと決意表明をしました。まさに今その時です。そういった小泉総理が自民党総裁に選ばれたのですから,基本的には自民党は支持をするのが筋でしょう。

また『郵政民営化について』もいろんな意見があると思います。けしていいものではないかも知れません。ならば一旦法案をとおして修正を重ねる方法もあります。自身の案が絶対的に正しいと信ずるならば時間をおいて話し合う。必ず後には改正をしていく。その自信が必要と思うのです。大変だとは思いますが...あるいは小泉首相の任期が過ぎてからでも遅くはありません.正しいものはいずれ正しい方向に導かれていくものと思われます。

一見,小泉総理に否定的な部分もあるかも知れませんが,何はともあれ私は支持をしています。
なぜなら方向が正しかろうが,間違っていようが,(マスコミではここが議論の対象になっていますが)今までの総理と決定的に違うのは一貫性と行動力でもって実行に移そうとする姿,つまり人間としての魅力をお持ちであるからです。たとえ間違っても国を変えようとする力を,今までの政治と比較して感じます。以前も申し上げましたように頑固には見えますが私は一生懸命にみえます。

皆さんに問いたい事があります。好き好んで誰が他の人に嫌われたいと思うでしょうか? 抵抗を受けて生きたいと思うでしょうか? ストレスの山です。その道を選択した小泉首相にエールを送りたい気持ちです。私も見習う点が多々あります。

我々のクリニックでも,組織を理解していない人が少なからずいます。入社時には詳しく説明を行います。その説明を聞いて入社していると思っています。組織とはまとまってこそ多大なる力を発揮するものですし,その組織にあわない場合は自分で独立してその信念を貫くと言う事が大切です。しかしながら当クリニックを去った人がそのような人生を歩んでいるのを聞いた事がありません。

小泉首相の行動力,信念にエールを送って我々もまた組織を学ばねばなりません。組織とは個人の自由を尊重する場ではなく,個人の自由よりも組織の考えを尊重する場所です。個人の自由は組織以外で行う事で賄って欲しいものです。我々は学校や社会で既にルールを学んでいます。簡単な事です.組織には破ってはいけないルールがあります。そのルールを破る時がその個人が身をおけない状況になっていきます。そして我々はより素晴しいクリニックづくりを行わなければいけないとまた誓いを新たにできました。

平成17年10月1日

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<院長の独り言 パート29>
『行動…そして出会いがあった。感謝しよう』

今回のテーマは「行動…出会いに感謝しよう 」です.皆さんはどう思われますか?

最近うちの職員をみても思うのです。感謝の気持ちを持っているだけではいけません。相手の立場になってみましょう。あなたがある方から自分では普通にできないようなもてなしを受けたら...自分で出来ないというところがポイントです。そんなことをアカの他人にしてくれる人がいたら...心でいっぱい感謝しましょう。そんな気持ちがあれば必ず相手に伝わります。ここは大事です。

感謝する事は恥ずかしい事ではありません。恥ずかしいのは感謝の気持ちが伝わらない事です。
「いいや、感謝してるのだからいいんだよ。」ではありません。感謝の気持ちが伝わる事が大切で、伝わってないなら感謝した事にはなりません。

ここは感謝の気持ちの強さに依存します。誰しも感謝しないのではありません。しかし喜ぶ度合いが違うのです。私はこの間全く知らない人とお友達になりました。とっても素敵な出合いだと感謝していました。すると相手の方も,同じ気持ちでいて下さいました。

『何の縁か、わかりませんがあなたに出会え触れさせて頂いた事は神様に感謝です。』

あなたは出会い一つでも感謝の念をもてますか? 

私は人に出会えたらとても素直に嬉しく思い神様に感謝をしています。

平成17年8月1日

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<院長の独り言 パート28>
『詩…それが伝える事』

今回のテーマは「詩…それが伝える事 」です。皆さんは詩をみて何を感じるのでしょう。

詩に深い意味を感じられたら最高です。詩を読んでもとる側(読書側)の人間のとりようによって詩が生命を吹き込まれるか否か? が変わってきます。

<例1>
そして二人は海へ行ったね.急いだ夏が砂に埋もれていた。
後半の部分をどうとられたでしょうか? 明らかに比喩表現が生かされていて夏という埋もれるはずのないものが埋もれるところに表現法の豊かさを感じます.夏を一同様の扱いにして急いでるのは若い二人かも知れませんし早くきた夏が二人を待っていた事を表現しているのかも知れません。

<例2>
僕の間違いは悲しすぎる.いくつか愛を通り過ぎた事。
いつも言葉が足りなくて 君は息をとめて僕をみてるだけ。
だから今はこのまま夜よあけないで... 見えない明日は来ないでいい。
哀しいくらい,君が好きだから 心をとじて...
人間の弱さを詩にのせていて,楽しいはずの好きという気持ちを切なく素直に表現しています。

<例3>
いつもの道を 君がかけてくるようで...
そんな気がする夜は 長く冷たく流れる。
壁にかかったジグソーパズル. 二人の愛を埋めていったね.
最後のピースを埋めた時 なぜか君が震えてた。

この歌詞はわかれた二人の幸せな頃の情景をジクソーパズルから連想させている歌なのです。

詩は自分の心の奥にすむ情景を,対象がものであっても人のように比喩して読み手に考えさせる...奥深いものであります。

作詞者の気持ちが理解ができた時あるいは近付いたと思える時,実際の気持ちと違っていてもなぜか幸せな気分になれる。それが詩ではないかとこの頃感じる私です。

子供の頃の素直で一生懸命な思いが,あれば誰にだって作詩はできる気がしてなりません。

平成17年7月2日

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<院長の独り言 パート27>
『幸せの法則 一生懸命やれること』

今回のテーマは「一生懸命」です。一生懸命やる事と簡単に言いますが、なかなか難しい事です。

皆さんが感動するのはどんなときですか? 感動は一生懸命やる事から始まります。どんな些細な事でもいい。一生懸命やっていれば必ず幸福から歩いてきます。

人間一生懸命生きてなんぼです。一生懸命には感動があります。アテネオリンピック、クラブ活動、文化祭、どれをとってもしんどい作業です。体が悲鳴をあげます。でも辛抱してやります。

『何のために???』そこには感動と同時に苦しい思いをしてこそ得られる成果があるからです。その一瞬のために長い辛抱の期間を過ごすのです。そして人に感動を与え、その人は周りの人を幸せにして、自分も幸せになるという絶対の真理が存在します。

居心地がいい場所(注意を受けない場所、気を使わない場所)というのと幸せの場所は対局に存在します。つまり居心地がよすぎるのは問題があります。しんどい思いを100して幸せがそれに見合う分やってくるもんです。もしお読みになられたら一度考えてみましょう。勘違いしているなら早めに考え直す事をされた方が賢明です。

<不幸せの事例>
今なぜ自分がこんな仕事でしんどい思いをせねばならないか? と考える人は多いと思います。私も例外ではありませんでした。

忙しさに身を委せるあまりに、身体も心も麻痺をしてしまっています。そして仕事が美学になります。はたしてこれでいいのでしょうか? 答えはNoです。

また一方では保守的で自分のからだがきついのは嫌だ...と思って守りにはいる人がいます。じゃあこれはいいのか? この答えはダブルNoです。忙しさに身を委せるあまりに、身体も心も麻痺をする。この経験は必ず一度は必要なのです。実はこの感覚も知らずにいる人がいます。知らずに仕事に文句を言う人は無知でしかないのです。一生懸命生きるという事を放棄してしまっているから、何をしても楽しい人生が遅れません。

こういう時はなぜ自分がここにいる必要がアルか? 今の仕事を一生懸命こなす事が自分の幸せにわずかでも影響がアルか? 給料でもいい。自分の向上やモチベーション維持でもいい... 一度目標設定を明確にする必要があると思います。大事なのは素直な心です。意地をはっていてはいい方向へはかわれません。自分はどんな事にも柔軟に対応できると思えねば自分を好きでいれるわけがありません。

私は常に心の健康、社会の健康、体の健康全てが整ってこそ健康。と病いに対する考えを大衆の前で述べてきました。病気があるから健康ではないはなりたたない。と考えています。やりがいのある仕事をするのに、通常身体を厭っては愚の骨頂と思います。それはその仕事が自分にとって興味がないか、やりたくない仕事だからです。やりたいことならどんな状況でもやるでしょう。

体が弱いとは誰がきめるか? 自分の心です。そこには動かない真理があります。心が弱い人は体も弱くなる。逆を言うと心を強く持てば体は頑強になっていきます。単純に自分の考えに自信がない裏返しに様々な悪影響を放っていきます。

私は私も含めて仕事をする間に何人もの、心が折れてしまう人をたくさん見てきました。こういう人はネガティブに人を引き込んでいきます。だから人に好かれる努力をしているのです。そんな努力をするならもっと純粋に幸せになる努力をした方がもっとましです。私はいう前にいわれる前にできる。すべき事は今日する。一生懸命は黙っていても必ず伝わるもんです。もし評価を得られないなら自分が一生懸命であったかをみればわかります。仕事はできるふりをする事に時間を割いてうまく仕事をこなす事に集中せずに、仕事のうまい下手でなく一生懸命かどうかが判断基準という事を忘れない事が大切です。全てのものの真理がそこにあるのです。

折角与えてもらった命を6割で過ごしていくのか? 10割で突っ走るのか?は大きな問題です。

幕末の戦士に『坂本竜馬』がいます。
「たとえ死すべき時がきても前のめりに死にたい」と言っています。どちらが多くを感動させ、幸せにするかの簡単な真理を理解してもらえればいいと思っています。『10人いて10人に好かれる事は難しい』という事は中国の孔子もいっています。

ここで自身を振り返ってみて下さい。

まずは大きな仕事を自分一人の力でしていない人。特定の人しか人脈のない人は危険大です。そして上の評価は重要です。案外多くの上司は平等にみています。一生懸命かどうかのこの一点のみです。

幸せは自分の心が決める あいだみつを さんもそう言っておられます。自由と言うのは自分の思い通りに生きる事ではなく、自分の幸せになるために必要な事を真剣に考え一生懸命行う事です。けして身体をいたわり楽する事ではないのです。

もし楽がしたいということが一番なら、そういう仕事を探す方がどちらにとっても幸せですね。皆さんも目標をしっかり見定める事を忘れず、一生懸命いる事で人に感動を与え続けましょう。

幸せの足音が聞こえてきませんか???.....

平成17年5月20日

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<院長の独り言 パート26>
『細木数子はすごい人と思うなー』    

今回のテーマは「細木数子はすごいなー」です。

最近視聴率をとるのに細木数子さんがよくテレビにでておられます。
『ズバリ言うわよ』『幸せって何だっけ?』の2本をメインに仕事をなさってます。

細木数子さんがすごいなーと思うのは,彼女はしっかりとした考えを持っていることにつきます。それが正しかろうが間違っていようが,(1)目標がはっきりしている事 (2)その目標を達成するのに努力を厭わない事 (3)また少なくとも厳しい言葉を投げかけても愛情でもって皆に説いている事叱ると怒るは違うのです。しっかり叱っています。でも最後に見せる笑顔が素晴しい。こんな事言うとまた誰かにお叱りを受けそうな気もしますが,女性としてのれっきとした魅力が画面からでています。

極端ですが若くて美しい容姿の人よりもずっと魅力的な方です。木さんの言われている事はけして難しい事ではありません。まず共通に言っておられる事は

(1)学問以上に必要な事はしつけであること(社会にでて必要なのは学歴ではありません。特に今の時代はマナーや節度です。それを勘違いしているので,みな子供の教育に必死になっています。)

(2)人間らしさをのばすための手法(今の人はみんなと同じでなければ不安です。他人がこうだから私も...的な感覚です。私のごく近い人もそういう事をよく言います。親しい人に聞いてこう言っていたから...と,さもそれが正解のように。らしさとは標準から逸脱する事なのです。)

(3)男と女の根本的違い:男女同権なれど質の違いを理解して欲しい。多くの不幸がここから始まるので...男は種(たね),女は畑(はたけ)種はひとつでないといけない。本能について(男は自由に外で仕事を伸び伸びする事によって力を発揮します。建設的な女は家で家庭を守ることに幸せを見いだす事ができなくなっていること)

→ 携帯電話の話 携帯電話が出来ました。便利な世の中になったと思います.私は日に1件もメールをしない日が多い。たまにはしますが,その便利さゆえにみんな会話が減っている事に気づきません。会話が減る事はすなわち関係悪化につながります。今私はメールをする身でありながら,違和感を感じます。つまり便利になった事の代償に大切な会話をなくしている事は,男性/女性が大切な本能を失っている事につながっているのだと思います。

(4)先祖を敬う心を忘れない(先祖があっての自分です。忘れてはなりません。私は先祖が好きです)

(5) 自然を敬う心(簡単にたばこのポイ捨てゴミを公共の場に捨てる人がいます。)

(6) つまりは素直な心,反省の心,奉仕の心,謙虚な心,感謝の心 大事なこれをお教え下さっていると考えればいいのだと思っています。

細木さんは,六星占術で有名になられました。しかしその前には10億の借金があったそうです。それでも人生を諦めませんでした。彼女を見て恐いと思う人は私は自分の人生を目標を持たずにまっすぐに生きてないからと思います。彼女には人生をまっすぐに真剣に生きてきたすごみやパワー(こういうのをカリスマ的なオーラという)を感じるからです。ですが恐いと感じる人は幸せです。それに気づく可能性が大であるからです。

しかしそれを否定したり突っ張っていてはいけません。重みのある人生を過ごした人を謙虚な学ぶ姿勢で対峙した時に必ず『幸せって何だっけ?』の答えがみつかるのでしょう。

細木数子 恐るべし...はオーラに押された人間や彼女をよく理解できる人に与えてくれる神からのメッセージと考えています.私もオーラが欲しいと願いつつ今後も精進していきます。

平成17年4月20日

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<院長の独り言 パート25>
『ああー時は金なり 最後のしつけ...』 

今回のテーマは「最後のしつけ」です。

先日、母が他界致しました。いわゆる急遽でした。検診も受けていて病院にかかる事もなかった母でした。死を見つめる時間がただ何事もないかのように過ぎていきました。父が『人間の死はあっけないものだ』と呟いています。目の前の現実を今でも認められないような気がしています。考えてみれば、医師になってまともに母に親孝行できた思いがしませんでした。

急な事で悲しむ暇さえなかったように思えます。ただ母の顔をみては頬を温かいものが流れていくのを3回覚えています。あの日あの時小学生の頃です。夜中に私は目を覚ましました。『ママも死んじゃうの?』
「豊徳、命あるものは必ず死ぬのよ。」否定をしない母に対してなぜ? と小さな私は腹立たしく思ったものでした。

ある日京都の三条河原町にある映画館でみた映画『ママ、死なないで』という映画でした。小さな私と同じ小学校2年生くらいの男の子のドキュメンタリー映画で、野球の好きな少年ですが不治の病いで亡くなるのですが...亡くなる前に母親は野球の好きな少年のために当時のスター選手長島茂雄選手をベットサイドに連れてきました。そしてその数日後にその少年がダイアモンドをホームランをうって駆け回りながら息を引き取っていく。最後の言葉が『ママ、死なないで』なのです。

今でも覚えているくらい強烈に私の心に残っています。あれから37年ほどたって今のことのように思い出されます。人が死ぬとはどういう事なんだろう。私はそれを知っていたのだろうか?

神様が寿命を決めているのだろうか? 死ぬはずもないと思われる人が簡単に亡くなっていく。死に近いであろうと思われる人が元気になっていく。

今回の母の死は多くの事を学んだ気がしています.
1急な家族の死を体験した事でその心を教わりました。
2望もうが望むまいが人の努力ではどうしようもなく死を迎える事もあるのだ。
3だからこそ悔いのない人生を一生懸命生きなさい。
4私の死を今後の医療に役立てなさい(不幸にならないよう... 万一不幸に至ってもその悲しみを救えるよう)
5 一にもニにも堪忍をもて

今も苦しんでおられる患者さまがおられます。私は患者さまには伝えずに、いらない心配をかけたくないと言わずにいました。ですが数人の患者さまにはわかってしまいました。1ヶ月たってようやく心が受け入れられて、少なくとも一生懸命であった母の死に向き合えました。

よくも悪くも心配性でしっかりと私の心に母がいます。

これからすべき事がはっきりしました。

私は自分がこのクリニックを誰がぬけても患者さんが安心して医療を受けられるために、如何なる困難が待ち受けようといろんな中傷を受けようとやり遂げてみせる。

私もいつ倒れてもおかしくない。でもそれまでに時間はあるようでありません。私自身の事を言えば、私はいつ目を閉じても悔いのない人生を歩んでいきたい... そして秘かにその道に近付いている気がしています。

母は心配にあけくれた人生でした。ですがそれが素晴しい人生であったのだと思います。好きな人を心配し、その事で満足していました。私はもう少しやんちゃな生き方をしたら楽だったろうに...と心で般若心経を唱え最後の母のメッセージを無事に受け、しつけが終了した気がしているのです。

最後にありがとう。 

平成17年3月25日

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<院長の独り言 パート24>
『京都の連れ達に久しぶり...』

今回のテーマは「昔の連れです」です。

また私の嫌いな時がやって参りました。そうです、St.バレンタインデイです。義理チョコが幾つ届くか? が最大のカギですね。たまには本チョコくらいくれよ...って感じです.

先日私京都へ帰省致しました。毎年お墓へお参りに参ります。私は祖母の熱心な信仰のおかげで『般若心経』をそらで読経できます。ある意味日本人なら英語がしゃべれるよりいいなーって思っています.実にハードなスケジュールでしたが,まず帰って警察官のハエという人物と会いました。

彼は昔と比べ一目太っていました。まず,テンプラのバイキングで腹を満たして,私も夢を語っていると彼が突然スーパー銭湯に行こうと言い出しました。そこで40過ぎのオッさん2人がみっともない腹をだしあってサウナでゼーゼー言いながら,体力と戦いました。そこでもショッキングなものをみました。ハエは(私の知っている)完全なやせ体系でした。しかし彼のお腹がぽっこり前向きに円を描いていてやや下方に重力になびくように見えました。年を思い知らされました。彼は昔懐かしの高校時代のバンド『ルフラン』でドラムをやっていました。

次に会ったのが胡内です。本当に彼とは久しぶりだった。また嫁さんも「斎木と会ってくる」言うたら喜んで送りだしてくれた。と嬉しい事言ってくれるじゃアありませんか。彼もバンド『ルフラン』でギターをやっていましたが,高校時代クラブも剣道部で共通の部分が幾つもありました。彼がキャプテン,私が副キャプテンで高校の会計監査みたいな職もやっていた。いわゆるアクティブな人間です。彼は喋りもその性格もあまり変わっていませんでした。しかし少ししわが増えたかと....

最後に小学校から高校まで同級生でバンド『ルフラン』でギターをやり,クラブも剣道部だった彼。小山忠司....彼は山科区小山という同じ地域の人間です。彼は癒し系の人間。けして目立つような人ではないけれど彼の周りには人が多くそして自分をしっかり持っている人です。3人に特別なお願いをしました。彼等のうちまだ迷いのある人もいたでしょうが,みな前向きに考えてくれていたように思えました。40過ぎのおっさんでも色んな事ができる事を我々はこれから証明していきたいと思います。

もうひとりバンドに重要な人間がいます。井上敬。このくそ忙しいであろう彼の事はとても気になっています。なにしろ天下の電通で働いているわけですから生半可な仕事量ではないと思いますし,ライバルもたくさんいる事でしょう。私は彼の身体が一番心配です。ですが,本人のとても強い精神力がカバーしていると思っています。自慢の親友がたくさんいます。そして急な誘いでも嫌な顔ひとつせず,二つ返事で『会おうや,久しぶりやな』って言ってくれる大切な友達が私にはたくさんいました。自分が忙しい事にかまけて彼等に会おうともっと努力するべきだったと反省もしました。

この場を借りて素晴しきかな。私の郷土の親友達。ありがとう。みんなで幸せになろうね。そのお手伝いがささやかながらできるように私も頑張っって参ります。多くの時間が流れ,ましてや時が過ぎ行くのさえ気づかない中にいた私は人間の大切な心を取り戻せた素敵な時間だったのでした。皆さんもそんな時間が過ごせれたら最高ですよね...

平成17年2月14日

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<院長の独り言 パート23>
『明けましておめでとうございます...益々素敵な人生を』

今回のテーマは「素敵な人生」です。

まずは明けましておめでとうございます。正月からもう4日も当直をしています。
考えてみれば、医師になってまともに完全オフ正月がなかった気がしますね。
昨日一人うちの患者さまがお亡くなりになられました。享年89歳。色々思わされました。この方は身寄りがいるにはいるのですが,東京の方ですんでおられ,その独り息子が亡くなりその奥さんがおられただけでした.

息子の嫁にまで面倒みてもらわないと、ここ福山に一人暮らしをされていました。腰が不自由で通うのも大変で。ス透析をすると手が痛むからしたくない.といつも言われていました.いつもサンドイッチを持ってこられて食べていたのが印象深く
残っています。最後にお会いしたのが透析の日1/4日。話をしました。生前の彼女はいわゆる水商売をしていて
『先生、私は若い頃水商売で色んな男の人をだましたからばちがあたったんやね.』
「○○さんはもてたでしょうね.くだけた感じだし...」
『そうなんよ、男の人を好きにさせて なんぼ のもんやからね』
といつもと同じような会話をしました。

そして1/6当日透析に来られない...なぜなの? その日彼女は静かに89年の生涯を一人で終えました。死因がわからず検死が行われ、1/5夕方頃に心臓発作で亡くなったと警察が判定しました。

出来る限り人に頼らず、また頑固で孤独に見える死がそこにあったと思いました。自分で選んだ道でしょうけれども...
私は彼女に何が出来ただろうか? もっと何かできなかっただろうか? いつまでもその思いがよぎってきます。

彼女は何度も透析に来たくないと言っていました、でも休まずに来てくださいました、 ハス少なくともここにいる時は下ネタなども言われるくらいの彼女でした。人と接する事を昔と違うぶざまな自分を見せたくない事から異様に避けておられたような気がしています。

そんな彼女から学んだ事。

実際自分が一人でいる時苦しい時に誰もいないところで一人で幕引きをできるだろうか? これはかなり難しい問題です。そんな彼女を尊敬もするし、確かに若い頃男性を虜にしたかもしれない...でもそれでその男性は喜んでいたはずです。

今日も後輩達に力説しました。我々は人として,他人に必要とされたり、愉快に喜びを与える事が至上の喜びだと...その点彼女は素晴しい人生だったと思います。

最後に近くにいて差し上げられなかった事が後悔です。そしてもっと孤独感を癒して差し上げたかった。色んな人生があるものです。人の生死から学ぶ事は多い。大きな悲しみを背負ったひとこそより大きくなれると教えて下さったご年配の彼女の最後の教えが私には胸に響きました. 

我々はより素晴しいクリニックづくりを行わなければいけないとまた誓いを新たにできました。御冥福をお祈り致します.  

平成17年1月7日

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