『4月… 今年年始の駅伝覇者 青学の原監督の人の育て方に学ぶ』

斎木院長の独り言

さて前回は『3月… SMAP解散から2ヶ月ちょっと… 今を予想する』についてお届けし、お送りしました。今回は『4月… 今年年始の駅伝覇者 青学の原監督の人の育て方に学ぶ』についてお話したいと思っています.。

今年1月。無事に箱根駅伝3連覇、史上4校目の大学駅伝3冠を達成した青山学院大学陸上競技部(以下、青学陸上競技部)。2015年の「ワクワク大作戦」、2016年の「ハッピー大作戦」、今回は、「サンキュー(3+9)大作戦」。このキャッチフレーズは、現体制になって9度目の箱根駅伝出場と感謝の気持ちからつくられたものだという。原監督の特別な思いを以下に紹介したいと思います。
①「相談してくる人」に育てる
強いチームをつくるうえでの監督の役割をこう述べられています。私の理想は、監督が指示を出さなくても部員それぞれがやるべきことを考えて、実行できるチームづくりです。つまり、指示待ち集団ではなく、考える集団。言葉にするのは簡単ですが、考える集団をつくるには、土壌づくりと同様に時間が必要です。私が最初に取り組んだのは、「相談できる人」に育てることです。相談するとはどういうことかを部員に教えることから始めました。

たとえば、選手が「足が痛いです」と私に言ってきたとします。それは相談ではなく報告です。だから私は、選手にこう問いかけます。「それで?」、続けて、「どこがいつから痛いの?」「治るまで1週間?10日?1カ月?」と質問を広げていきます。さらに、「治るまで1カ月かかるなら、いつまでに治すように努力するの?」「それまでにできるトレーニングはA・B・Cがあるけど、どの方法でやってみたい?」と具体的にしていきます。そして、「今回はトレーニングAにしたいと考えていますが、監督はどう思いますか?」と自分で答えを出すところまで求めます。そのとき、それが本当の相談であると部員に話してあげるようにしています。

②自分で考えるまで忍耐強く待つ
部員からの提案を嫌がる監督もいますが、それだと、監督の指示を仰ぐ部員やスタッフばかりになってしまいます。
たとえば、陸上競技部のマネジャーが夏合宿の練習時間について、「今日のスタートは何時にしますか?」と聞きに来たとします。指示を出したい監督であれば、「○時からこのグラウンドで、こういうトレーニングをする」と伝えて終わりでしょう。でも、それではマネジャーは御用聞きになってしまい、何も得るものはありません。天候、気温、風、グラウンドコンディション、練習場の選定など練習時間を決めるさまざまな要素から、マネジャー自身が答えを出して、「今日は日中の気温が30度を超えるので、練習時間は遅めの午後4時半からにしませんか?」と相談に来る。

これが、今の青学陸上競技部です。その提案に私が納得できれば、「それでいいんじゃない」と答えます。自分の提案が通ると、それはマネジャーにとってひとつの成功体験になります。自分の考えが反映されたとなれば、次はさらに詳しく状況を調べて、よりよい練習環境を整えようとします。このレベルに部員が育つまでには、やはり時間が必要です。初期の段階は教えることがたくさんありました。考える習慣がない部員に「さあ、考えなさい」と言っても無理。だから、監督に就任した頃は、私が話すことが多かったと思います。ただ、考えるための材料は与えても、できるだけ答えは出しませんでした。そうすると、なんとか自分で答えを導き出すしかありませんから。私は、彼らが答えを出すまでとことん待ちました。チームが考える集団になれるかどうかは、監督の忍耐強さにかかっています。新しい習慣を身に付けるのですから、時間はかかって当然です。青学陸上競技部の部員に考える習慣が十分浸透してきたなと感じ始めたのは、監督になって7、8年目のことでした。

③管理職の仕事は、管理することではない。感じること。
チームに考える習慣が浸透してくると、監督の立ち位置も変わってきます。考えて、答えを出して、相談できるようになると、個々に考えるだけではなく自主的に話し合いをするようになります。青学陸上競技部でも学年を飛び越えた話し合いをよく見かけるようになりました。考えるということは、縦のつながりも横のつながりも生み出すということです。営業職の方が宣伝部、人事部など他部署に社内ネゴシエーションするようなものです。

ここまで成熟したチームになると、監督が前面に出る必要はなくなります。成熟するまでは教える立場ですが、成熟したチームになると、変化を感じ取るのが主な仕事になります。就任した当初は怒ったこともありましたけど、今は怒るよりも諭すことが多くなりました。チーム全体を俯瞰で見ているのは監督ですから、感情的に怒るよりも言葉でじっくり諭したほうが部員の心に響くものです。監督としてチーム状況の些細な変化を感じるために必要なのは、本気で観察することです。日頃から注意深くチームを見ていると、後々大きな問題になりそうなちょっとした変化に気づけるものです。

④変化は真剣にチームを観察していれば必ず気づく
『フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉』(アスコム)。
チーム内に何かが起きて雰囲気が変わると、部員にいつもと違うところが現れます。話している内容だったり、表情や仕草だったり、食堂で座る場所が変わっている場合もあります。その違いは真剣にチームを観察していれば、必ず気づきます。

だから私の定位置は、チームから離れた場所になるのです。青学陸上競技部の練習を見に来た人が私の姿を見て、「怠けているなあ」と言ったこともありました。でも、私の考えではチームから離れて見ていないと監督の仕事はできません。エンジン全開でこちらの部員、あちらの部員と精力的に指示を出している監督もいますが、それはチームがまだ成熟していない証拠です。あるいは、こと細かに指示を出さないと気が済まない監督だと思います。

チームが強くなるほど、監督の「見る」仕事は増える。それが成長したチームの理想形です。その状態を維持できるチームこそが常勝軍団だと私は考えています。

今回の 原監督は 実は当院のスタッフの親戚になる方です。そんなこともあって、自分のクリニックの軌跡と重なり見るのでついついみいってしまいました。

私もこのクリニックの初期には 「一生懸命自分が引っ張っていかないと」 がむしゃらに 走り続けました。自分が動いていたのです。しかしそんな考えは後に人をダメにしていることに気づくのです。自分さえ頑張ればいい… では 組織の成長はストップする。そして6年前ほどに 「だめ男」になると宣言しました。するとまあ管理職から罵詈雑言の言葉はくるくる。

「先生は人が変わった」 など言われ続けました。つまり私が動かないと回らない病院に完全になっていました。
その上また理解者もいなくて、また理解しようとも思ってくれなくてとにかく責められるのに耐えました。患者さんからの苦情は多少ありましたが、そう多くはありませんでした。やはり中には今でも理解できずにいわれる方もおられるようですが…とてもその頃を思い出すのです。

今クリニックはまだこの課題を解決してはいませんが、 脱依存→自立をする ということを命題に進んでいます。
そしてクリニックの理念の一行目  「人づくり」 を行っていくのです。

今もうちのスタッフには相談でなく報告はいらないとよくいいます。また自分で解決できないことをすぐに上司に頼ることは許さない強い姿勢でいます。そうして強い組織、ひいては青学のような超一流の人間作りがあってこそ 一流のクリニックは出来上がると信じています。

みなさんも応援よろしくお願い致します

平成29年4月2日

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