『SMAPはやはり SMAPだった ~これからも~』

斎木院長の独り言

さて前回は『A HAPPY NEW YEAR  今年の覚悟を示します』 についてお届けし、お送りしました。今回は『SMAPはやはり SMAPだった ~これからも~』についてお話したいと思っています。 

さあ、今回のテーマこの度。急遽差し替えをしました。医療とエンターテイメント…一見全く関係がないように見えますが、私はそう思わない。夢を与える。人に喜びを与える…  そういった意味では同じ点が幾つもあるのです。

SMAPがこの度解散騒動が起こったときに、いかにすごいグループか?
SMAP自身、ジャニーズ事務所も知ったことでしょう。そこに大きな誤差があったように思います。これからは私の私見です。また報道にあったことですので、真実かどうかはわかりませんが…

報道がほぼ正確であると仮定して私見を述べます。

事件発端は 昨年1月のようです。メリー副社長が取材中に SMAPの育ての親(もともと一般のジャニーズ社員だったが、鳴かず飛ばずのSMAPを育てた方のようです) 飯島マネージャー を叱責したところから始まったと言われています。プロデユーサーやテレビ局にも影響力の出てきた 飯島マネージャー と メリー社長の娘で副社長のジュリー藤島さん の間での 後継者争いと マスコミが言ったたところから、メリー副社長が飯島マネージャーを呼び出してみんなの前で「次期社長は決まっている。ジュリー藤島だ。それが嫌ならSMAPを連れて出て行け…」発言で始まっているようです。その頃から飯島さんは「もう会社に残れない」と感じて、本当にSMAPを連れて出ていこうと画策したようです。しかし失敗に終わりました。その後もそんな状態を近くで見ていたSMAPメンバーは「自分たちを育ててくれたマネージャーが苦しんでいる。助けたい」と思ったことでしょう。

このあたりから中居くんも円満な退社と独立を目指すことを考えたようです。一方、飯島さんの裏での独立への計画も進んでいました。多くの受け入れの話がありました。ただし「SMAP全員」での受け入れでした。ここで木村くんはジャニーズを離れない決断をします。これはジャニーズあっての自分たちであるという彼の思いと、工藤静香の強い要望であったと言われています(木村拓哉との結婚であまり大騒動にならないようにメリー副社長が動いてくれたことに対する恩だったそうです。またその後もメリー副社長と良好な関係だったようです。)そこで条件の「SMAP全員」での受け入れはなくなりました。率先して手を挙げていた力のある事務所はことごとく手を下げてきました(渡辺謙や長谷川初範、高橋克典などを擁する事務所ケーダッシュ)。

「SMAP全員でない上に、ドル箱である木村拓哉がいないのは話が違うと…」
(他にもよしもと興業やバーニングなどの有名大手事務所も可能性ありとされていましたが…)
そこで、4名は宙に浮いたようです。しかし実は後述される記事にもありますが、飯島マネージャーの話では騒動の報道が起こる前にもう事務所へ帰ることは4名とも決まっていたようです。誰がいい悪いはわかりません。

私はSMAPの全て、残らず飯島マネージャーについていく決断の中居くんほか4名。
残る決断をした木村拓哉。 誰も悪いと思っていません。彼らは商品価値として振り回されたに過ぎないのです。感情を持つ人間だからこそこうなったと思いますが… 国民的グループをこんな形で傷つけないでもらいたい。
その上でメリー副社長にはもう少し、噂でなくSMAP本人たちから積極的にお話を先に聴いてもらいたかった。それがやはり懐の深い経営者であると思うのであります。特に少し感情的に動かれてた様子が伺えましたが、経営者としては当然の部分もあります。

飯島マネージャーには まず自分自身が独立をして離れて地に足をつけてから、SMAPの自然退社を待って動いて欲しかったし、やはり派閥を作った責任は彼女にもあったのでは?と思います。SMAPと嵐の共演がないことなど、非常に不自然です。経営者側は無理にやれば組ませることはできたでしょう。しかし飯島さんが理由をつけてさせなかった(多忙でスケジュールの確保ができない。あるいは関係悪化にて..)のでは?とも考えるのであります。しかしやはりSMAPを国民的グループに押し上げた最大の功労者です。人は許し許されて行くのが自然と感じます。誰がいいの?悪いの?で決めれないこともあるんだ。そう思った年始の大事件だったので緊急で取り上げてみました。

最後に 飯島美智 氏 の 女性地震掲載の記事を載せます。SMAPマネージャー漏らした別れの言葉「5人を応援して…」「心配しないで……。5人は変わらずやっていくはず。だからこれからもSMAPを応援してあげてね。今後、私は陰から見守り続けたいと思います。これから当分は仕事ばかりでなかなか会えなかった友人たちに連絡を取って、今までできなかったことをゆっくり楽しむことにします。今後、やりたいことも考えていましたし……」

SMAPの解散騒動に日本中が揺れているなか、ジャニーズ事務所退社を決意したマネージメント室長の飯島三智氏は、親しい友人に電話でこう“別れの言葉”を語ったという。そこには独立はおろか、芸能界での仕事すら諦念したという思いがありありと表れていた。1月13日のスポーツ紙に踊った「SMAP解散」「メンバー分裂」の大見出し。中居正広(43)、稲垣吾郎(42)、草なぎ剛(41)、香取慎吾(38)の4人は飯島室長についていくと決意し、木村拓哉(43)は事務所残留の意思を伝えられていた。だがその後、木村が事務所と掛け合い4、人が謝罪したと報じられている。解散回避へと動き出したSMAP。誰もが注目するなか、渦中の飯島室長は冒頭のようにグループ存続を信じていたという。

「中居くんら4人はジャニーズ退社を考えていましたが、実は一連の報道が出る前にすでに独立は断念していたのです。また飯島氏も関連会社取締役を辞任。にもかかわらず、こうした独立・解散報道が次々と出てきた。まるで、メンバーの軋轢を煽るかのように……。4人はSMAPを育ててくれた飯島氏についていこうとした。いっぽうの木村くんは『売れたから独立というのは筋が違う』として事務所に残ることを主張した。どちらも恩義を感じながら出した結論。いわば“究極の二択”を迫られたようなものです」(芸能関係者)

SMAPと事務所の契約は9月まで。飯島室長はそれまでに独立する考えもあったようだ。
「しかし次第に、SMAP全員での独立が不可能だとはわかってきた。そこで彼女は、自分についてくるという4人に『SMAP存続が第一。今からでも謝罪して事務所に戻って』と伝えたようです。そして木村くんにも『今さら私が頭を下げに行っても、余計に波風が立ってしまう』と伝え、彼に4人が事務所に戻れるよう仲介してほしいと願い出たそうです」(事務所関係者)

そんな“育ての母”の惜別の言葉に、4人はSMAPを続けることを改めて思ったのだ。
「一度独立を申し出た手前、4人が再び元のように活動するためには多くの問題が残されています。そのひとつに、ジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長(89)が許すのかということがありました」(別の芸能関係者)
だがそんななかメリー副社長に直訴したのは、ほかでもない木村だったという。

「木村くんはよく言っていました。『いつもは個々に活動していても、やるべきときが来たらすぐに同じ方向を見ていける。それがSMAP』だと。何があっても、SMAPこそがみんなの帰る場所だとわかっているんです。だから彼は『4人をもう一度戻してSMAPを続行させてほしい』とメリー副社長に願い出たそうです。メリー副社長も人情家。その思いは通じたに違いありません」(前出・事務所関係者)

18日に生放送された『SMAP×SMAP』(フジテレビ)で5人揃って出演し、メンバー全員で謝罪。木村は最後に「これから自分たちは、何があっても前を見て、ただ前を見て進みたい」と約束した。その表情は、固い決意に満ちていた。

皆さんは何をお感じになられましたか?

平成28年2月2日

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