『沖縄メルヘン 〜ニライカナイ について〜』

斎木院長の独り言

さて前回は『人と向き合う難しさ 尊重と尊敬の違い <医療、介護編> ~毎年バレンタインの話だから変えてみた~』についてお送りしました。

今回は『沖縄メルヘン  〜ニライカナイ について〜』 についてお話したいと思っています。

さて「ニライカナイ」 という言葉について、皆さんは耳にされたことはありますでしょうか?

沖縄に行けばよく耳にするこの「ニライカナイ」について今回はお話しをしたいと思います。なぜ今回この話にしてかというと、まず

(1)我々内地(沖縄の方々らいうと本州の事)の人間には「ニラカナイ」という言葉はあまりなじみがない事。
(2)先日、ニライカナイの手紙という映画を見たことに始まります。

この映画は私も行ったことのある「竹富島」という石垣島からの離島の話し。一人の娘(風希)と母の物語。この娘の父親は早くに亡くなり、竹富郵便局長のオジイと母が幼い女の子(風希)を残して東京へ働きに出る。すぐに母が戻ると思っていた(風希)はオジイだけが戻ってきたことを不思議に感じていた。母に反発したり、しかし毎年定期的に届く手紙は彼女を励ましたりしていた。やがて娘は成長し、オジイの制止も振り切り東京へ出ていく。しかし母は病気で実は亡くなってたという (手紙はオジイが代わりに送ってました ) 悲しき家族の純粋な愛を描いた作品です。機会があればぜひご覧ください。

さてこの「ニライカナイ」の語源です。
ニライカナイは「ニライ」「カナイ」の二文節にわけられ、「ニライ」は「根の方」という意味が有力で、「カナイ」の解釈は、琉球語に多い韻をとるための無意味な言葉とする説や「彼方」を意味するとする説など諸説があります。
 つまり {根の方に位置する彼方}とでも訳すのだろうか?
簡単な解釈としてはいわゆる「竜宮城」のような海のかなたにあるユートピアと考えて頂けたらいいようです。
ニライカナイは、沖縄県や鹿児島県奄美群島の各地に伝わる他界概念のひとつ。理想郷の伝承のようです。
周囲を海で囲まれた沖縄は、海から様々な恩恵を授かってきており、浜には、数々の美しい貝や魚たち、時には木の実、異国の生活道具なども打ち寄せられます。
それら海からの授かりものは異郷からくる「寄りもの」と考え、沖縄の人々は海のかなたに神々の住む島があると考えた。
その楽土を「ニライカナイ」と呼ばれたようです。

この映画では 竹富島 という離島に毎年届く母の手紙がニライカナイというユートピア(他界)から届くものとして描写されているのでしょう。現在でも夏、旧暦六月に入ると沖縄の村々では、ニライカナイより神を招き寄せる祭りが数多く行われているようです。

しかし、一方ニライカナイからは穀物を襲う虫など疫虫もやってくることから、必ずしも楽土ではないという説もあり、『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社/1983年)によると、 ニライ・カナイに対する人々のイメージは、必ずしも理想郷や幸福の根源としてのみ捉えているわけではなく、ときには悪しきもの、災いなどをもたらすものの住む世界という意味もあったようです。

しかし、やはり人は心にユートピア=ニライカナイを抱きつつ生きていくときっと幸せになれるのではないか? という思いが大変強く思うし私は願っています。 皆様にもオリジナルのニライカナイがありますように…
そしてさいきじんクリニック.もそうでありたいと願っています。

平成26年3月2日

▲ページTOP

×このページを閉じる

©2014 Saiki jin clinic Seto Fukuyama all rights reserved.